上がらぬ賃金に人不足 保育士の働き方改革は可能か?全職種平均より月8万円低い(4/5 ページ)

» 2018年04月06日 11時25分 公開
[坊美生子ニッセイ基礎研究所]
ニッセイ基礎研究所

地方による違い

 地方によっても保育士不足の状況は異なる。待機児童の多い首都圏などでは、保育士を確保するために、保育所等を運営する事業者が地方の専門学校を訪問したり、就職相談会に出展したりして地方出身者を雇い入れる場合もあるが、通常は自宅から通える場所で働くため、保育士不足の状況は地方ごとに異なる。

 図表8は、賃金構造基本統計調査の都道府県ごとの全職種と保育士の月給を用いて、差が大きい順に並べたものである。最も差が大きい東京都では、全職種40万3000 円、保育士24万1000円と約16万円もの違いがあるが、佐賀県では全職種27万3000円に対し、保育士はわずかに東京を上回る24万2000円。差額は約3万円だった。そのような地域では、「保育士は他の仕事に比べて給料が低いから働かない」という保育士資格者は、相対的に少ないと考えられる。

図表8 各都道府県の全職種と保育士の平均月給 図表8 各都道府県の全職種と保育士の平均月給

 次に、都道府県別の保育士の有効求人倍率を、17年10月の職業安定業務統計に基づいてみると、全国平均は2.8倍だが、東京では6倍、群馬では1.1倍と開きがあることが分かる。保育士不足の程度は、地域によって大きく異なっている(図表9)

図表9 各都道府県の保育士の有効求人倍率 図表9 各都道府県の保育士の有効求人倍率

保育士確保と質的向上に向けた処遇改善策

 これまで見てきたように、保育士の賃金は、全職種と条件をそろえた上で比較すると、月給で約8万円、年収で約118万円低い。ただし勤続年数ごとの賃金カーブをみると、新人時代は全職種に比べて月額5万円弱の差だったが、勤続年数が長くなるほど差が拡大している。これが、保育士の離職を招く根本的な要因だと考えられる。

 ここで、保育士の賃金を上げるには、保護者から徴収する保育料を上げるか、公費負担を増やすかの2通りがある。しかし、政府は既に3〜5歳の幼児教育無償化の方針を決めており、受益者負担の拡大ではなく、公費負担を拡大する方向にかじを切っている。本来、保育士の賃金をどのような方法で相応な水準に引き上げるかについては、市場化と公費投入のあり方などを踏まえた抜本的な検討が必要となるため、別途、現場の状況を含めて分析した上で論じることとしたい。

 以下では、公費増額による処遇改善策と、考えられる主な課題について述べ、結びとしたい。

 前述の試算の通り、第1に、保育士の初任給を全職種に相応した水準に底上げする必要がある。第2に、初任給以上に大きな課題として、保育士の経験や技能に応じて昇給幅を引き上げ、全職種との賃金カーブの差を解消していくことが重要である。長く働けば働くほど、他の仕事との給与差が拡大していくのでは、長く働こうという意欲が失われる。現場で働く保育士が、自身の将来のキャリアを見通し、長期的な目標を持って働き続けられるように、キャリアパスと昇給の道筋を整備すべきであろう。

 この点に関し、厚生労働省は17年度から、技能や経験に応じた処遇改善を実施している。経験年数3年以上の保育士に対して月額5000円を加算したほか、経験年数7年以上で、食育・アレルギー、障害児保育、マネジメント等8分野の中から4分野以上の研修を修了し、新たに設けた役職「副主任保育士」や「専門リーダー」に就いた人には月額4万円を加算した。

 これとは別に、全保育士に2%(月6000円程度)の処遇改善も行っており、一定の改善が見込まれる。これらの対策により、実際に保育士の賃金水準がどう変わったかについては、まだ調査結果が出ていないが、今後のモニタリングに期待したい。

 さらに冒頭で述べたように、政府は19年4月から1%(月3000円相当)の賃金引き上げを決定した。今後、これらに上乗せして処遇改善を行うには、これまでの対策の成果を見極め、どの部分に上乗せするのが最も効果的かを慎重に検討する必要があるだろう。ただし、単純に保育士の給料を上げれば、福祉・教育の他の職種から人手を奪う可能性があるため、公費投入のあり方を含め、福祉・教育の分野でどう整合性を図っていくかが課題となる。

 また、財源は限られているため、全国一律に引き上げを行うのではなく、全職種との賃金差が大きい地域や、保育士の有効求人倍率が高い都道府県に集中的に加算するなど、地域に応じた対応の方が効果的と考えられる。ただし、一部の地域で賃金が上昇すると、周辺で就業する保育士を地域間で奪い合う可能性があるため、実施には十分な配慮や経過措置が必要となるだろう。

 過疎化によって子どもの数が減り、保育所が定員割れしたり、一部の保育所が閉鎖されたりしている農村部等でも公費を投入して賃金を引き上げるべきなのかは、自治体経営や施設規模、配置のあり方などの観点を含めて、個別に慎重な判断が求められるだろう。事業者側も、保育の質の確保に一層、取り組むことが求められる。保育士らへの教育の機会を増やして専門性を高めたり、保育事故を防いだりし、公費負担の増加に見合った知識や技能を習得させることが重要な課題だろう。

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