彼は商品開発を担当していたころ、世界中の工場や、スーツの原料となる羊毛の産地や研究所を訪ねていた。そのなかに羊毛の加工技術を研究している団体があり、湖中氏はそこの日本人技術者と懇意になっていたのだ。
その技術者は、髪にかけるパーマの原理を応用し、繊維に形状を記憶させる「セット加工」の研究をしていた。形状を記憶させればシワになりにくいスーツがつくれるかもしれない。しかし、彼だけではどうしても超えられない壁もあった。パーマに使う薬品に耐えられる染料、さらには熱を加えた状態で形を整える縫製技術が必要だったのだ。
湖中氏は「ちょっと待てよ」と考えた。解決のアテがあったのだ。
少し遠回りしたい。彼は取引先の見つけ方、付き合い方も独特だった。こんなエピソードがある。
「ニュージーランドに行ったとき『独りで羊の改良をしている牧場主がいる』と聞いて訪ねてみたんです。すると、なんと細さ15マイクロン(細さの単位)だったから驚きました。従来の高級品でも18〜20マイクロンだから、圧倒的に風合いがいいんです。
私は『糸が細すぎて繊細だから、長時間着るスーツには向かない、これでつくるならコートですよね?』と話しました。すると、彼がこう言うんです。『やっとキミが来てくれたか。僕はこの羊毛の価値がわかって、使いこなせる人物が来るのを待っていたんだよ』と」
工場とも独特の付き合い方をしていた。
「当社のバイヤー(仕入れ担当者)には、たびたび『一番高い値段で買うのがいいバイヤーですよ』と話しています」
1000円と言われたら990円で買ってくるのがいいバイヤーなのでは?
「いえ、それでは工場が疲弊してしまいます。工場が1000円必要だと言うなら、1000円でもお客さまがこぞって買ってくださる商品にする、それが優れたバイヤーです」
根っこにこんな考えがあるので、コナカはほぼSPA(=製販一体)と言っていい体制を築けているのかもしれない。今、小売り業界は「製販一体が強い」と言われている。どこかの工場がつくった商品を買って店頭に並べるのでなく、小売店がお客さんの声を聞き、自社工場で新たな商品を開発するほうが、より市場のニーズに合った商品開発ができる。
湖中氏は、取引先とどう付き合うのが正しいのかを自分なりに見極め、よくある「小売り」と「メーカー」の関係を壊すことで、製販一体、これに材料の供給元や技術者までを加えた、コナカ独自の体制を築いていたのだ。
- 音は大丈夫? 日本初、高架下「8畳ホテル」に潜入した
欧米で「タイニーハウス」が話題になっている。「モノはできるだけ所有しない」「住まいもコンパクトに」という生活が広がっていて、移動可能な小さな家で暮らす人が増えているのだ。こうした背景もあって、日本で「タイニーハウスホステル」が登場。どんなところなのか取材したところ……。
- 登山家・栗城史多さんを「無謀な死」に追い込んだ、取り巻きの罪
登山家の栗城史多さんがエベレスト登頂に挑戦したものの、下山中に死亡した。「ニートのアルピニスト」として売り出し、多くの若者から支持を集めていたが、登山家としての“実力”はどうだったのか。無謀な死に追い込まれた背景を検証すると……。
- 社長が語る 「いきなり!ステーキ」の“原点”とは
2013年に銀座に1号店を出店し、2017年には187店舗を出店した「いきなり!ステーキ」――。創業者はペッパーフードサービスの一瀬邦夫社長だ。東証一部上場も果たし、店は有名になったものの、彼が熱血漢・人情の男であることはあまり知られていない。彼の成功法則について、2回に分けてお伝えする。
- サイバーエージェント社長が明かす「新規事業論」
自ら事業を立ち上げ、会社を成長させていく起業家たち――。本連載では、そんな起業家たちの経営哲学に迫る。今回登場するのは、サイバーエージェントの創業社長、藤田晋氏だ。
- 赤字の海外事業を立て直したサイゼリヤの「たたき上げ役員」
サイゼリヤは中国やシンガポールなどの海外6法人で約370店舗を運営している。同社の利益に大きく貢献する存在に育った海外事業だが、進出当初は赤字に苦しんだ。その事業を立て直したのはサイゼリヤ一筋で働いてきた「たたき上げ役員」だった。
- EVスポーツカーに挑むエンジニアが追い求める“失敗”
EVスポーツカーの開発で注目されるGLM。ベンチャーでありながら量産車開発を実現した同社の技術力の要が、技術本部長の藤墳裕次さんだ。藤墳さんのモノづくりへの思いと“失敗”を重ねた開発について聞いた。
- 「広辞苑」10年ぶり改訂 編集者が語る“言葉選び”の裏話
2018年1月に、国民的辞書「広辞苑」の第7版が発売される。「アプリ」「クラウド」「ビットコイン」などのIT用語や、「萌え」「クールビズ」など過去に掲載を見送った言葉が新たに追加されるという。広辞苑の編集者は、どのような方針や考え方で項目を選んでいるのだろうか。
- 小さな定食屋に“お手伝い”が全国から集まる理由
東京・神保町にある小さな定食屋「未来食堂」。この未来食堂には年間で約450人もの“手伝いさん”が国内外からやって来るという。一体なぜなのか。オーナーの小林せかいさんに話を聞いた。
- 「ザ★チャーハン」が男性の胃袋をつかんだ理由
味の素冷凍食品の「ザ★チャーハン」が、冷凍チャーハン市場拡大に貢献している。中華料理店のチャーハンのような味や香り、独自性のあるパッケージはどうやって生まれたのか。担当した、マーケティング本部の田中宏樹さんに聞いた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.