#SHIFT

豊田章男社長がレースは「人を鍛える」という真意池田直渡「週刊モータージャーナル」【番外編】(3/3 ページ)

» 2018年07月11日 06時00分 公開
[池田直渡ITmedia]
前のページへ 1|2|3       

プロジェクトチームはトヨタのミニチュア

 と、ここまで聞くと、「それはデスマーチじゃないか?」あるいは「ブラックも良いとこ」と思うだろうが、トヨタの厳しさは伊達ではない。そんなやり方も許さない。マズローの第1段階から第3段階までも当然クリアされている。

 そのために労働環境についてもまた市販車開発にそろえるのだ。レースのための開発であろうとも勤務時間を守ることが求められる。たとえニュルブルクリンク24時間レースの当日であっても、交代制で法定の休憩時間を取らなければならない。もちろん開発が佳境に入れば、どうしたって残業が超過する場合もあるが、その時にはプロジェクト管理者がしっかり組合と話し合って合意を取り付ける。

 技術開発だけでなく、こうした労務管理も含めたプロジェクトマネジメントのノウハウもまたエンジニアが身に付けるべき能力の一部なのだ。何故ならばトヨタがレースをやる意味はトヨタ全体の強靭(じん)化にあるからだ。レースフィールドでのやり方は本体に戻って生かせるものでなくてはならない。

 エンジニアはレースプロジェクトに参加するとき、3年連続での参加を義務付けられる。1年目はサブリーダーとしてやり方を学び、2年目はリーダーとして現場の回し方を学ぶ。面白いのは3年目だ。メンターとして教え方、伝え方を学ぶ。何とここに投入されるのは30歳そこそこの係長級の若いエンジニアである。

 それぞれ立場の違う社内の他部署やサプライヤーを含めた数十人規模の人たちに開発についての明確な方向を与え、ルールと時間を守って最速で実現するチームの、運営方法をマスターし、それを指導するノウハウまでを3年で取得するのだ。

大勢のスタッフが労働基準法を守りながら24時間レースを戦う 大勢のスタッフが労働基準法を守りながら24時間レースを戦う

 何と恐ろしい精度のシステムなのだろう。だが、レースフィールドでそういう研修ができたとして、それを市販車部門に移植していくシステムはどうなっているのだろうか? トヨタはさも簡単なことのように「本体に戻って生かす」というが、どう考えてもそんなに簡単な話には思えない。

 会社が今にも潰れそうだとか、そういう問題が無い限り、人は今のやり方を簡単に変えようとはしない。そして少数の人間が「新しいやり方」を持って凱旋(がいせん)してきて、それによって改革が行われようとするとき、強く反発する。「何故変えなければならないのか?」「そんなやり方はレースだけのものだ」「変えて上手くいかなかったら誰が責任を取るのだ」。そういう否定の声が渦巻くのが普通である。

 しかし、トヨタは本当にそれを実現しているらしい。疑問に思った筆者は、トヨタGRカンパニーのプレジデントであり、トヨタの副社長である友山茂樹氏にインタビューを申し込んだ。次回はその友山副社長が語るトヨタの働き方改革の秘密をインタビューでお届けする。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

 →メールマガジン「モータージャーナル」


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.