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時差Bizが「満員電車ゼロ」の“最適解”といえる理由杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/5 ページ)

» 2018年07月20日 07時30分 公開
[杉山淳一ITmedia]

鉄道会社はもう混雑対策に投資しない

 それでもあえて「時差Bizキャンペーンは効果がある」と言おう。なぜなら、満員電車から逃れる手段は、もう利用者一人一人がピークシフトするしか方法がないからだ。

 現状の満員電車が鉄道会社の施策で改善されることはない。小田急電鉄の複々線化、これが最後だ。時差Bizの公式サイトで鉄道事業者の取り組みがまとめられている。設備投資による解決を挙げる会社はない。今後の少子化傾向、高齢化社会による労働人口の減少を見越すと、多額の費用が伴う複々線化、増発の設備投資は期待できない。

 国交省の資料「三大都市圏における主要区間の平均混雑率・輸送力・輸送人員の推移」が、鉄道側の混雑対策の頭打ちを示している。1975年(昭和50年)から2017年までのグラフを追ってみよう。青い線が輸送力を示している。1998年までは右肩上がり。輸送力が増加している。

photo 混雑率と輸送力の変化が分かる(出典:国土交通省「三大都市圏における主要区間の平均混雑率・輸送力・輸送人員の推移」)

 1975年が基準になっているけれども、実はもっと前、昭和30年代から鉄道の設備投資は続いていた。高度成長期、鉄道の混雑率は300%を超えた。定員の3倍も乗れる電車はなかった。国交省の計算方式では輸送人員と輸送力の割り算だから、この混雑率は「改札口を通っているけれども乗れない」となる。電車に乗りたくても乗れない乗客が、たくさんホームにあふれていた。

 鉄道事業者はどうしたかというと、4両編成だった電車を6両にし、8両にし、10両にしてきた。例えば、渋谷駅ハチ公前に飾られている丸い5000系電車は、1954年に東急東横線でデビューした当時はたった3両編成だった。57年に4両編成になり、59年に6両編成となった。これに合わせてプラットホームも長くなっていく。こうした施策は他の大手私鉄でも行われた。列車が長くなったせいで、隣り合う駅を統合するという施策もあった。

 このほかに、単線を複線にして運行本数を増やす、新しい地下鉄路線を作って相互直通運転するという施策もあった。最も大きなプロジェクトは国鉄の「通勤五方面作戦」だった。例えば、横須賀線と東海道本線の分離だ。横須賀線はもともと大船と久里浜を結ぶ路線。電車は東京〜大船間で東海道本線に乗り入れていた。しかし複線のままでは列車の増発列車に限界があった。そこで横須賀線を東海道本線から分離して貨物線経由とし、品川から地下新線で東京駅に入れた。さらに総武快速線をつくって直通運転した。中央本線は複々線化され総武線各駅停車と直通させた。東北本線は三複線化して京浜東北線と貨物線を分離。常磐線も地下鉄千代田線と直通する各駅停車用の線路を作った。

【訂正】2018年7月22日午前0時 「東北本線も複々線化して高崎線直通列車を分離」としていた部分を「東北本線は三複線化して京浜東北線と貨物線を分離」と修正しました。

 こうした鉄道会社の設備投資が2003年まで続き、輸送力は増した。東武鉄道の複々線が現在の北越谷まで延伸された年が01年だ。しかし、そこから輸送力は伸びていない。高度成長期とバブル経済によって地価が上昇し、東京では線路を増やせなくなった。グラフの青い線は17年に少し上がっている。これは小田急電鉄の複々線化による。おそらくこれが最後の上昇だ。

 鉄道会社の輸送力増強に呼応して、赤い線の混雑率は下がっていく。つまり、輸送力増加は効果があった。そして輸送力増加が止まっても、混雑率は下がり続ける。輸送人員の減少が始まっているからだ。団塊の世代の定年退職が始まり、バブル崩壊、少子化と続く。将来的な鉄道利用者減少が見えると、ますます輸送力増進への投資は減っていく。

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