ダイハツの未来を決めるミラ・トコット池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2018年08月06日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

開発の迷走

 ここで一度話が変わる。ダイハツには「テイスト系」と呼ばれるジャンルがある。かつてのミラ・ジーノ、そしてミラ・ココアと言った女性向けを狙ったクルマであり「かわいい」と言われるためのコスメティックをまとったクルマたちである。

 今回デビューしたミラ・トコットは、ジーノ、ココアに続くこの「テイスト系」なのだが、開発に先駆けてリサーチを始めてみるとどうも勝手が違った。当初キープコンセプトで「かわいい」演出をふんだんに凝らそうと考えていた開発陣は、販売現場で聞いた女性ユーザーの言葉に戸惑うことになる。

旧来のテイスト系の丸みと「シンプル」の間で面の作りに迷いが見える試作モデル 旧来のテイスト系の丸みと「シンプル」の間で面の作りに迷いが見える試作モデル

 それはココアに対しての手厳しい評価だった。「わたしが乗るクルマじゃないです。かわい過ぎる」「一生懸命かわいさを盛ったクルマはもう琴線に触れない。もっとシンプルなものが欲しい」。話としてはよく分かる。オーバーデコレートなものはいらない。それは今の若い女性にとって、やはり媚びにつながっておしゃれじゃないということなのだろう。しかし同時に、指し示されたシンプルという言葉に途方に暮れた。何らかの味を付けて成立させるのがテイスト系なのだが、「シンプル」は味じゃない。

 開発チームは悩みながら、試作モデルを2度造ったが、社内でも評判が芳しくない。長年の先入観が面や線の張りにどうしても丸みを持たせてしまう。筆者が見てもその面や線には迷いがあり、駄肉が削れていない。「盛って」しまう習慣が抜けていないのだ。「丸っこい」ことが可愛いと考える慣習と、「シンプル」を目指さなくてはという方向性が対立して迷走してしまっている。

 「では一体どういう形がシンプルなのか?」と女性たちに聞いてみると、それはホーローのブレッドケースのような「使えば使うだけ愛着がわく道具感」という話になった。

 そうしてクルマの扱いやすさを忠実に考えて「シンプルかつ愛着が湧く」デザインとして造り込まれたのが最終デザインである。

 一方で女性のためのクルマとは何かをもう一度原点に戻って考えると、それはあちこちがピンクに塗ってあることでも、ミラーや物入れが余分に付いていることでもなく、安心して運転できることだという結論になった。運転に自信がない人にも運転しやすいクルマだ。

 そうと決まればクルマの世界にはちゃんとセオリーがある。まずはパッケージングだ。Aピラーをしっかり立てて、背もたれを立てた着座姿勢で広い基本視野を確保する。加えて、ガラスエリアを広く取って死角を減らす。その上で、鼻先の長さをつかみやすくするため、直接目視できる平らなボンネットと、駐車時にクルマの角度を把握しやすく、まっすぐに停め易い水平なウエストライン。機能とデザインは明確に呼応しているのである。ミラ・トコットは見事なまでにそれらの基本に忠実である。

しっかり立てたAピラー、ドライバーが見やすいボンネット、広いガラス面と水平な側面窓下端のラインなど車両感覚のつかみやすさを追求したパッケージ しっかり立てたAピラー、ドライバーが見やすいボンネット、広いガラス面と水平な側面窓下端のラインなど車両感覚のつかみやすさを追求したパッケージ

 運転の苦手感をできる限りカバーするためには、当然電気仕掛けの運転支援も必要だ。衝突軽減と誤発進防止、はみ出し警告などをまとめたスマートアシスト3(最廉価グレードを除く)。ナビ画面を利用したパノラマモニターやコーナーセンサーも充実させた。

 さらに「ステアリングが重い」という声に応えて、パワステのアシスト量を増やした。ステアリングを軽くすると、クルマの揺れでドライバーの体が動き、意図しない微細な操舵が発生して、クルマが蛇行する場合がある。その結果、安心感が損なわれないように、わざわざショックアブソーバーにリバウンドスプリングを仕込んでふらつき対策したというから本気である。さらにシンプルな道具と位置付けるならば、高額な値付けはあり得ない。当然廉価であることも求められる。

ボンネットは水平面をしっかり作り箱としての形状をしっかりと維持しながら、面の接合部から鋭角な角を排除した形状 ボンネットは水平面をしっかり作り箱としての形状をしっかりと維持しながら、面の接合部から鋭角な角を排除した形状

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