自動車メーカー「不正」のケース分析池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)

» 2018年08月13日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

抜き取り検査問題

 ようやく直近の問題にたどり着いた。燃費不正問題の項で書いた通り、新型車は排ガスと燃費について国の定めるモードをテスト走行して届け出る。国交省がこの届け出データを審査して型式認定を発行し、それによってメーカーはクルマを実際に生産・販売することができる。

 監督官庁はそれら届け出データ通りのクルマが、継続して作られているかのチェックを行う。抜き取り検査とは、通常完成品のロットあたり何台と決めて試験官が任意で選んだ個体をテストし、届け出性能とかい離がないかを調べるものである。1回やって終わりのテストではなく、生産している間中ずっと続けなくてはならない。しかし国交省には人手がいない。そこでこの抜き取り検査を各メーカーに委託している。さぼっていい加減なものを作っていないかどうか本人に確認させるという制度なのである。

 すでに述べたように、自動車メーカーの生産ラインでは徹底した工程ごとの品質管理がされているので、抜き取り検査で公差を外れるほど出来が悪いクルマが出てくることはあり得ない。国交省もそれを分かっているから抜き取り検査をメーカー任せにしている。

 今回問題になっているのはこの抜き取り検査におけるモード運転テストだ。このテストではモニターに表示される加減速要求をトレースしてクルマを加減速させる。われわれが学校の英語の授業で受けた「Repeat after me」というヤツだ。先生に従って同じセンテンスを発音するが、噛んでしまったり、間が空いてしまうことがある。国交省のテストなので、噛んだら最初からやり直し、何秒止まったら最初からやり直しというルールが決まっている。つまり問題の本質は抜き取り検査によって届け出数値に満たないものが発覚したと言うことではなく、テスト作業の失敗によるやり直し事例を、順調に終わったものとして処理してしまった点にある。ちなみに「テストの結果届け出数値に満たないケースがあるのか?」と言う質問に対して、マツダは「それはゼロです」と回答している。

 最初に発覚したのはスバルで、完成検査問題を機に、国交省がスバルに聞き取り調査を行った結果、抜き取り検査でのトレースエラーをやり直しにしていなかったことが発覚した。スバルでは第三者機関を設けて、法令逸脱が無いかを独自に調査していたが、その質問のしかたは「何か法令逸脱問題がないか?」というものだった。全網羅的に調べるのであればその聞き方は止むを得まい。ところが国交省の調査は違った。全網羅の必要はないので、個別の事例を挙げ「こういうことはないか?」と具体的に質問した。本人には法令逸脱の自覚がない問題に関して「そう聞かれてみると……」ということで抜き取り検査の問題点が出てきた。そして、この問題の洗い出しに失敗した責任を取って、吉永泰之社長更迭という事態に陥ったのである。スバルの問題を受けて国交省は自動車メーカー各社に通達を出し、同様の事例がないか調べさせた。

 その結果、マツダ、スズキ、ヤマハがそれぞれテストに失敗して、やり直しすべき失敗回を、合格に入れてしまったことが分かった。なぜそんなことが起きたのか? 加減速要求は上下にズレの許される合格ライン、つまり閾(しきい)値を持っていて、およそ20分のテストの中で連続して1秒、あるいは累計2秒まで閾値を外れることが許される。ところがこれが自動計測される仕組みではなく、テスターが自己申告する仕組みになっていた。

スズキ本社(出典:Wikipedia) スズキ本社(出典:Wikipedia

 20分のテストの中でコンマ数秒の外れを暗算で累積しながら、目前のRepeat after meもやらなくてはならない。それは人間技ではない。しかしテスターは社内で難関をクリアしてテスターになる。この累積のカウントに絶対の自信を持っていたのだ。ところが膨大な実験データーを精査してみると、失敗ケースが出てきた。モニター画面に表示される遅れ時間の見落としや、合計ミスが起きていたのだと考えられる。

 今回マツダ首脳陣が深く反省していたのはこれで、加減速要求をトレースしつつ、外れ時間をカウントするのが大変な作業だと思い至ってなかったのだと言う。正直なところ、筆者も「簡単に高精度に追従できて、むしろ外れることなどないのだろう」と思っていた。Repeat after meは当事者や関係者が思うよりはるかに難易度の高いテストだったのだ。

 当然「そんなテストはコンピュータかロボットでやれば良いじゃないか」という意見が出るだろう。しかし、アクセルペダルの遊びひとつをとっても全部が同じではない。エンジンの部品一つ一つだって公差はある。だから個体ごとのクセを即時につかんで人間が細かく調整してやらないと、追従テストはできないらしい。職人芸の世界なのだ。

 現在マツダはこの逸脱時間のチェックをプログラム上でできるように測定器メーカーと調整に入っている。

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