では、どうすれば国や企業は障害者を単なるデータ上の数字ではなく1人の「人間」としてみるようになるのか。小澤さんは「多分彼らは自分事じゃない、他人の事と感じている。数字をいじっても何も痛みを感じない。身近に感じられないから想像力が欠けてしまう」と指摘する。
松田さんが大学で講演すると、よく学生から「あなたの立場で物を考えるにはどうすればいいか教えて欲しい」と聞かれるという。そのときは「明日、事故になって足が無くなったり病気で目が見えなくなることもある。明日は我が身ってことを忘れないでね」と伝える。
「私は途中から障害が出てきた。でも、多くの人が年を取れば目が悪くなったり歩きづらくなったりする。本当は他人事なんかじゃない」(小澤さん)。「こういう問題は怒る人が増えてもなかなか変わらない。痛みを感じたりして、私たちのことを身近に感じてもらえれば変わるのかもしれない」。
一方で、体験できない他者の痛みを感じる難しさも松田さんは指摘する。約1年前、母親が目の病気にかかり視力が落ちて、手術を受けることになった。もともと芯の強い性格だったが、突然泣き出して松田さんに謝ったという。「自分は障害のある娘を育ててきて、娘のことを分かっている母親だと胸を張って生きてきた。でも、目が見えなくなるのはこんなにつらいんだと今分かった。(当時)あんたを分かってあげられなくて、危険も顧みず手術もさせた。あんなにあんたは嫌がってたのにね。目の手術って、あんなに怖い物なのね」。
「たとえ家族でも、例えば自分が手を無くしたりしないとその(障害者の)ことを自分のことと感じられない」(松田さん)。健常者の身で完全には追体験することのできない彼女たちの「痛み」を、どれだけ自分自身のものとして感じられるか。今回の水増し問題を単なる感情論で終わらせないため、私たち健常者に突き付けられた問いだ。
「私たちの心が分からない人と分かり合う気はないです。見つめる気がない人と、見つめ合いたくはない」。視覚障害のある松田さんが記者の方を向いて最後につぶやいた一言が、胸に刺さった。
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