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交通事故で誰も死なない社会に池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2018年10月15日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
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未来への課題

 このように「D-Call Net」は明らかに有用なシステムだが、15年11月から試験運用が始まったばかりでまだまだ解決すべき問題が多い。現在まで「D-Call Net」によってドクターヘリが現場に駆けつけた例は1件のみである。しかしそのケースでは、着陸準備がなかなか整わず、ヘリは現場上空到着後17分も待機を余儀なくされた。現場の慣れの問題もあるだろうが、一刻を争う状態を考えれば早急に改善していかなくてはならない。

今回のD-Call Netで大きく進化したのは過去データを統計処理し、アルゴリズムで評価することによって危険度の判定ができるようになった点にある 今回のD-Call Netで大きく進化したのは過去データを統計処理し、アルゴリズムで評価することによって危険度の判定ができるようになった点にある
D-Call Net導入前のオペレーションスケジュールと、導入後。最下段は実例時間 D-Call Net導入前のオペレーションスケジュールと、導入後。最下段は実例時間

 取材に対応していただいた日本医科大学 千葉北総病院の医師、本村友一氏に、今最も望んでいることは何かを伺ってみた。「何よりも望むことは現場の直近にすぐ着陸できることです」と言う。すでに述べたようにヘリの着陸時には、大量の砂塵が飛ぶ、近隣の洗濯物が汚れたり、クルマに石が跳ねて傷ついたりもする。現状ではそれらを全て未然に防ぐ手立てを打たないと着陸できない。

処置を終えた怪我人はストレッチャーごとキャビン後部に開けられたドアから搬入され病院へ急行する 処置を終えた怪我人はストレッチャーごとキャビン後部に開けられたドアから搬入され病院へ急行する

 あるいは法律的には可能とされている高速道路への着陸も、そもそも基準を満たす道幅がなかったり、渋滞を引き起こすことが問題になり着陸できないケースが多い。

 ドイツで同様の勤務経験がある本村医師によれば「あちらでは明日は我が身という考えがあるので、そういう不利益を許容する社会になっているんです」と言う。

取材に協力していただいた日本医科大学 千葉北総病院の医師、本村友一氏 取材に協力していただいた日本医科大学 千葉北総病院の医師、本村友一氏

 日本は世界屈指の救急体制を持つ国なのだが、まだまだドクターヘリがどう運用されているか、何が解決すると人命がもっと救えるかという点で国民への情報周知が圧倒的に不足している。また、省庁による縦割り行政で不可能になっていることも多い。

着陸の制限からコンパクト性が求められる機体のため、室内空間は極めて限定的 着陸の制限からコンパクト性が求められる機体のため、室内空間は極めて限定的

 例えば、トヨタはステアリングにセンサーを取り付けて人体の状態をモニターできる装置をすでに先行開発しているが、何と薬事法に抵触するという理由で、搭載が見送られている。未発売の装置なので詳細は不明だが、例えば、血圧や脈拍、酸素濃度などをウエアラブルセンサーなどでチェックすることは技術的には決して難しくない。もちろん医療用に準拠する高精度を求めれば難しい面はあるだろうが、それでも生死の境目の事故を考えれば、参考にできるデータがあるとなしでは大違いだろう。そうした機能を搭載したスマートウォッチはいくらでもあるのだ。

後部ドアを利用するためテールローターの代わりに風を吹き出してメインローターの反力を止めるモデルが選定された 後部ドアを利用するためテールローターの代わりに風を吹き出してメインローターの反力を止めるモデルが選定された

 仮にこれらが「D-Call Net」と連動して情報を医師に送ることができれば、緊急度予測の精度向上に大きく貢献するはずだ。

 日本は今、あらゆる場面で、国全体の総合力が問われている。あるべき国の姿を明確に描いて、医療、産業、行政が一体になって改革を進めていかねばならない。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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