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常識を「非常識」に徹底するマツダの働き方改革池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2018年10月22日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

無駄をなくす具体策

 さて、理想の話はそうだとして、単に「無駄をなくそう」とか「合理化しよう」という掛け声だけで変化がやってくるわけではない。テンプレートのような報告書だとか、資料だとか、現実の仕事は大抵無駄だらけだが、それをただやらなければ済むわけではない。組織の方針としてそういう手順になっていて、勝手に止めるわけにはいかない。

 しかも、今時の職場で人や予算が有り余っていることなどない。そういう状況下で、必要悪として無駄を受け入れていたら仕事なんて永遠に終わるはずがない。かくして残業も休日出勤も当たり前になってしまう。

 マツダは大きな企業だが、それでも巨人ひしめく自動車産業の中で見ると、規模はむしろ小さい。当然お金も人も足りない。2017年度決算の主要データをトヨタ自動車と並べてみるとよく分かる。

トヨタ

  • 販売台数:896万台(中国生産を含まず)
  • 売上高:29兆3795億円
  • 純利益:2兆4939億円

マツダ

  • 販売台数:156万台(中国生産を含まず)
  • 売上高:3兆2144億円
  • 純利益:938億円

 これだけ規模が違っているにもかかわらず、マーケットでは五分で戦わなければならない。精神論で頑張っても超えられる壁ではない。そのためにマツダは何をやったのだろうか?

 別にものすごく変わったことをしたわけではない。読者諸兄にはすでに予想がついている通り、生産性改革である。そのためにやったことは選択と集中だ。ただ、その選択と集中の徹底度合いが並外れているだけである。

 マツダの改革の下敷きになったのは、エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱した「制約理論(TOC)」である。制約理論とは、多くの問題が絡み合って、簡単に序列がつけられない問題の源流を探し出す方法論だ。混乱の最中にいる人から見ると、問題は複雑にループしており、卵と鶏の関係にあって、どこから手を付けて良いか分からなくなる。それを解きほぐせれば解決方法は見つけ出せる。

 実は以前、筆者もとあるプロジェクトが混乱に陥ったとき、この制約理論に基づいて、問題の根源を探し出したことがある。簡単に言えば、プロジェクトにかかわる全ての人に、英単語カードのようなカードを大量に配り、自分が気が付いた問題を大小軽重にかかわらず思い付くだけ全部書き出してもらう。後はこれを因果関係の序列に並べていくだけだ。

 例えば「仕事が多すぎる→人が足りない→予算が足りない」のような関係に並べていくのだ。「仕事が多すぎる。なぜならば人が足りないからだ」「人が足りない。なぜならば予算が足りないからだ」というように問題を因果関係で整理していく。この構造では下流の問題点は必ず上流の問題の解決で解消する。この例で言えば上流にある「予算が足りない」を解決すれば、それ以下の人不足も仕事の多さも解決される。

 不思議なことに、大変錯綜していると思われる問題もこうして因果関係でつないでいくと、樹形図になっていく。ディレクトリ構造を持つ樹形図で、かつ上位の問題点解決が下位問題点を霧散させられるとするならば、いくつかの(あるいはたった1つの)樹形図の頂点だけに対策を絞れば良いことになる。

 マツダが繰り返し説明する「ボーリングの1番ピン」とはこの樹形図の頂点を指している。「全ての課題に通じる共通課題=ボーリングの1番ピンを見つけて集中する」というやり方はまさに制約理論の神髄なのだ。

 このやり方を聞いて「そんなにうまくいくはずがない」と思う人は多いと思う。しかしこの整理法はどんな問題でも整理できる。筆者のケースでも、スタート時点ではとても懐疑的だった。「世間のケースではできるかもしれないけれど、ウチのこの案件はちょっと特殊だから」そう思った。しかし見事にたった1つの問題点にたどり着いたのである。

マツダのミスターエンジンである人見光夫常務。生産性改革をリードしてきた マツダのミスターエンジンである人見光夫常務。生産性改革をリードしてきた

 ただし、それには条件が1つだけある。因果関係を誤りなく見つけ出すのはそれなりに経験が必要だし、膨大な問題点の因果関係を解きほぐし、問題点の関係性を理解させ、下位の問題が上位に吸収されて、問題が絞られ、「これならできる」とスタッフ全員に思わせる。その手順をどれだけ早く進められるかはリーダーのセンスに依存する。残念ながらそこには属人的な領域がある。マツダには人見光夫常務という天才がいた。人見常務がいなければマツダの改革は形にならなかっただろう。筆者が言っているわけではない。マツダの中の人に聞くと、誰もが人見常務の仕事についてそういう評価をしており、それは混沌の最中に、膨大な選択肢をうち捨てて、ただCAE(Computer Aided Engineering)一点に選択と集中すると決める決断の難しさを如実に物語っている。

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