「フリースケジュール」や「嫌いな作業をやらない」ということについて、多くの方は、「それができれば働く人はうれしいかもしれないが、管理する側が大変そうだ」という感想を抱くのではないでしょうか? 同工場ではそれをどうやって成り立たせているのか――。もう少し詳しく見てみましょう。
武藤さんも、「フリースケジュールにして、誰も出勤しなかったら困るのでは?」といった質問をよく受けるそうです。しかし、実際には「誰も来ない」ということは過去に1度しかなく、その場合でも「困る」わけではなかったようです。
パート従業員が一人も出勤しなかった日は、武藤さんともう一人の社員で配送のための梱包や事務作業に専念しました。つまり、新たに商品を作ることはしなかったのです。
この日に限らず、日々どれだけの商品が生産できるかは、出勤するパート従業員の人数に左右されます。同社で扱うエビは、海で漁獲されてすぐに船の上で凍結されたもので、工場でそれを解凍してから加工します。この解凍する量を、武藤さんを含む二人の社員が、パート従業員の出勤人数などを確認しながら調節しているので、出勤人数の増減に対応できるのです。
パプアニューギニア海産の工場で「フリースケジュール」を実現できるのは、「日別の生産量を計画し、計画通りに作業する」ということをしていないのが大きいでしょう。
ただ、週単位や月単位にならしてみれば、だいたいの生産量のメドは立つようです。というのも、パートという働き方は、働いた時間に対して給料が払われるので、休みっぱなしでは収入を得ることができません。個々に「これくらいは稼ぎたい」という目安があるため、都合が悪くて休む日があれば、代わりにほかの日に出勤するなどし、全体でみれば労働量が極端に増減することがないのです。よって、「フリースケジュール」導入後に、商品の欠品を起こしたことも一度もないのだそうです。
とはいえ、季節によって需要が増減するなど、会社としては生産量をコントロールしたいときもあるでしょう。武藤さんは、「『この時期は多めに出てもらえるとうれしい』とか、逆に『いまはたくさん休んでもらって大丈夫』とか、そういうことは伝えています」と言います。「どうしても来てほしい」と頼んだりしてプレッシャーになるようなことは避けているけれども、パート従業員の皆さんはできる範囲で協力してくれるそうです。
「出勤人数ゼロ」が数年に1度しかないというのは、働く人たちに多様性があるからです。
パート従業員は近隣に住む人が多いので、例えば小学校の行事などはだいたい同じ時期にあり、そのときは休む人が多くなるという傾向はあるようです。それでも、全員に小学生の子どもがいるわけではないので、出勤する人がゼロになるほどの影響はありません。
また、台風や連休の合間の平日など、多くの人が「今日は仕事に行きたくないな」と感じるような日でも、来る人はいるそうです。たった十数人のメンバーでも、どう働きたいかは一様ではないのです。
「嫌いな作業をやらない」ルールも、やはり多様性によって成り立っています。
このルールのきっかけとなったエピソードが面白いのですが、あるとき武藤さんとパート従業員の方が面談をしているときに、武藤さんが「(エビの加工作業の後片付づけで)ボールを洗うのが嫌い」という話をしたところ、相手の方は「工場での仕事の最後に道具を洗うのは、いい気分転換になるから好きだ」と言ったそうです。
武藤さんはそれまで、自分が嫌いな作業は他の人も嫌いだと信じて、その嫌いな作業をどう分担するか、かなり気をもんでいました。でも、実はその気遣いが全く不要な人もいた――そのことに驚いて、工場での各作業の好き嫌いを聞くアンケートを実施してみたのでした。
アンケートの結果、分かったのは、「人間の好みは多様で、嫌いな作業は重ならない」ということでした。それならば、各自が嫌いなことはそれを嫌いでない人に任せ、好きな作業に専念した方がお互いにうれしいじゃないか、ということで「嫌いな作業をやらない」ルールができたのです。
「みんなが平等に作業を分担する」というと、一見正しいように思えるのですが、それが本当にベストなやり方なのかどうか疑問を持ってみることで、もっと良い方法が見つかる可能性がある、そんなことに気付かされる話です。
パプアニューギニア海産では、最初から「フリースケジュール」や「嫌いな作業をやらない」といった制度があったわけではありません。それ以前は、パート従業員ごとに出勤曜日が決まっており、欠勤や遅刻早退の際には全て書類の提出が義務付けられていました。これは、工場のパート従業員の管理方法としては、特別厳しいわけではないでしょう。
しかしその当時は、入社して数週間で辞めていく人が少なくなく、その穴を埋める人の採用にも苦労していたといいます。
「フリースケジュール」になってからはほとんど人が辞めなくなり、また、会社のWebサイトで求人情報を出せばたくさん応募が集まるようになりました。
これはやはり、「自分の都合に合わせて働ける」「欠勤や遅刻などを会社に報告、相談するストレスがない」ということが働く人にとって魅力的だからでしょう。
結果として、会社には、採用や教育のためのコストが低減するというメリットが生じています。また、過去には欠勤や遅刻があればいちいち目くじらを立てていたけれど、いまはそんなことは気にしようがないので、武藤さんとしても気持ちがラクになったといいます。
会社にとってのメリットはこれだけではありません。仕事の効率や商品の品質向上にもつながっているのです。これは一つには、辞めずに長く働いている人が増えていることで、個々人の熟練度や働く人同士の連携が向上したということがあるでしょう。そして、それ以上に働く人たちの“気持ちの変化”が大きいのだと思います。
いま、経営や人事の領域では「従業員エンゲージメントが大事だ」といわれています。従業員エンゲージメントとは、従業員の企業への愛着や、自身の力を発揮して貢献しようという気持ちのことで、エンゲージメントが高い人が集まる組織の方がうまくいくと考えられるからです。
パプアニューギニア海産の取り組みは、まさにこの従業員エンゲージメントを押し上げる結果につながっているようです。働く人たちが「いまの働きやすい状態を維持し、さらに良くしていきたい」という思いを持っているから、真面目に、協力し合って良い商品を作ることにまい進できているのです。パート従業員から武藤さんへ「もっとこうしたら、作業がやりやすくなる」といった意見や提案も出やすくなったといいます。
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