BABYMETALのプロデューサーKOBAMETALに聞く「ビジネスとの向き合い方」硬い心と、柔らかい頭(1/2 ページ)

» 2022年01月19日 16時50分 公開
[柳澤昭浩ITmedia]

 米国の音楽ヒットチャート・ビルボード――。そのランキングで坂本九以来、56年ぶりにトップ20に入った日本のメタルダンスユニットがある。その名は「BABYMETAL」。SU-METAL(スゥメタル)と、MOAMETAL(モアメタル)の女性メンバー2人で構成されている。

SU-METAL(スゥメタル)と、MOAMETAL(モアメタル)の女性メンバー2人で構成されているBABYMETAL(トイズファクトリー提供)

 BABYMETALの存在は、日本のエンタメビジネスの常識を変えたといっても過言ではない。メタルという激しさのある男性的な音楽と、キャッチーなルックス、華麗なダンスミュージックを見事に融合させ、欧米を中心に世界中のファンを熱狂させた。2016年にはロンドンのウェンブリー・アリーナで日本人初となるワンマンライブを開催。X JAPANのYOSHIKIは、「かわいい女の子とメタルの融合というアイデアはすごく気に入った」と評価し、『第71回NHK紅白歌合戦』では共演も果たしている。

 そのBABYMETALをプロデュースしたのが、今回取り上げるKOBAMETALさんだ。『10 BABYMETAL LEGENDS』(ぴあ)『鋼鉄っぽいのが好き ‐人生9割メタルで解決‐』(KADOKAWA)と2冊の著作を上梓した。

 ぴあ総研によれば、20年のライブ・エンタテインメント市場は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、前年比82.4%減の1106億円と試算されている。加えて、コロナ前の水準に回復するのは、最短で23年とも発表した。

ライブエンタメ市場将来予測(ぴあ総研のWebサイトより)

 この状況をKOBAMETALさんはどう見ているのか。前編ではコロナ禍のライブ・エンタテインメントビジネスの展望を、中編ではBABYMETALプロデュ―スの裏側について聞いた。後編ではKOBAMETAL氏のビジネスとの向き合い方について聞く。

KOBAMETAL:プロデューサー、作詞家、作曲家、エッセイスト。メタルの神・キツネ様のお告げを届けるメッセンジャー、そしてBABYMETALをプロデュースし、世界へと導いたマスターマインド。近著として『10 BABYMETAL LEGENDS』『鋼鉄っぽいのが好き ‐人生9割メタルで解決‐』(KADOKAWA)を上梓。Twitter:@KOBAMETAL_JAPAN。Instagram:@kobametal_official(photo:宮脇進(PROGRESS-M)提供)

海外で受け入れられた理由

――K-POPが世界を相手にビジネスを進める中、日本のアーティストの多くはマーケットを日本に置いています。そんな中で、BABYMETALが海外で受け入れられたのは、非常に興味深いです。世界にこれだけ受け入れられたアーティストは多くありません。

 一般的にビジネス的な成功を目指して考えた時、日本のアーティストが国内市場を狙う戦略自体は、間違っていないのかもしれません。実際に、日本には世界第2位といわれる音楽市場があるからです。近い将来には変わってしまうと思いますが、今もCDが売れていて、古き良き音楽業界の名残があります。そこでビジネスしたいという方も一定数おられます。

 BABYMETALの場合、国内市場でビジネス的な成功を目指してというよりは、ワタクシが明日死ぬとしたら、最後に悔い無く楽しいことをやろうというつもりで始めました(笑)。

 今、K-POPが流行(はや)っているからK-POPっぽいのやろうとか、大所帯のグループが流行っているから大所帯のグループをやろうとか、そういうことは一切考えていなかったんです。

 まだ世に出ていないものをどうやって面白くできるか? ということを、ピュアに考えていただけなんです。だから、ワタクシには「プロデューサー」という肩書もありますが、全然そういう感覚はないのです。強いて言うなら「なんでもやる人」みたいな。実際、スタートした頃は人がいなかったから、全部やっていたというだけなんですが(笑)。

――会社のお仕事というよりは、KOBAMETALとしてやるべきことをやったという感じがしますね。

 もちろんアーティストも関わっていることなので、ビジネス面でもちゃんと結果を残すことは大事です。ただ、ビジネスとクリエイティブが両立する形が一番理想的ではあると思っています。

 好きなことをやって、ちゃんとビジネスとしても成立させる。すごく難しいんですけど、そこを目指してきました。もちろん、ビジネス的な成功だけを目指すアーティストを全く否定するものではありません。

 ビジネス的な成功に重きを置くプロデューサーの方もいますし、それを目指しているアーティストもいますが、そういうところは得意な方にお任せして、ワタクシは我が道を行くというタイプでしょうか(笑)。

ロンドンのウェンブリー・アリーナで日本人初となるワンマンライブを開催(Photo by Taku Fujii)

ビジネス的な成功は二の次だった

――当初は、ビジネス的な成功を狙っていなかったのですか?

 「今までに無かった面白いものを生み出そう」という気持ちの方が強かったので、ビジネス的な成功は二の次だったかもしれません。実際、予算も潤沢ではなかったですし、最初の頃は、ビデオを作ったり、物販グッズを作ったり、Webサイトを更新したり、ほとんど手弁当な感じでした。

 ワタクシがもともとインディーズバンドなどのアーティストに携わっていたことも大きかったのかもしれません。その当時は、スタッフもいない、予算もない、もう全部自分たちでやらなきゃいけない。

 楽器を積んで、車でツアーに行って、物販をセッティングして、ライブが終わったら、また物販やって、精算して、また運転して帰る。バンドってすごい大変だと思うんですけど、それに比べればBABYMETALはまだ恵まれた環境でした。

 今は大きな組織でたくさんの方々にお手伝いいただきながらですが、こじんまり小さくやることを経験していたことは良かったと思います。

――ブレークさせる努力はしていたとは思うのですが、この10年で、ここまで大きなプロジェクトになると想像していましたか?

 「BABYMETAL」っていう名前が降臨してきたときに、すごくキャッチーだし、何か起こりそうだなという予感はしていました。その当時に携わっていたグループもいくつかあったのですが、その中でもBABYMETALはずば抜けて面白そうだなと。

――コンセプトしかり、歌唱力も、ダンスの感じも含めてですね?

 やっぱり、ファーストインパクトですよね。

 スタッフ含め、初めて見た人は「なんじゃこりゃ?」という感想を抱いたと思うんです。何というんでしょうか、ストレンジ感というか、なんかひっかかる存在というか。そのファーストインパクトから、次のセカンドインパクトをどう起こすか? と考えました。

 ワタクシは、そこから2つの道があると思っていました。ひとつは、「江南スタイル」のように面白いコンテンツとしてバズを狙っていく短距離走パターン。もうひとつが、ものすごく地道で大変なんですが、海外ツアーなどのライブの経験を重ねてアーティストとして力を付けていく長距離走パターン。それで後者を選択したわけです。

――あえて大変な道を選んだ。

 前述しましたが、音楽でも演劇でもそれを極める、そして続けていくことは大変なんですよね。海外ツアーは時間もお金もかかるし、メンバーもスタッフも体力的にもハードです。しかし、そんなつらい状況を乗り越えた時、険しい山だからこそ、その先に見たことのない景色が見えると信じていました。実際に、力もつくだろうと思っていましたし。

――MVやライブを見ていると、本当にその成長を感じますね。

 複数のアーティストが出演するフェスやテレビ番組ですと、同じ舞台に並んだ時にアーティストごとの力の差みたいなものが分かりやすく見えちゃうんですよね。良いとか悪いとかの問題ではなく、ネットやメディアベースで活動しているアーティストと、ライブベースで活動しているアーティストの、リアルな部分での「底力」の違いといいますか。

 そんな状況下でも、BABYMETALは力を発揮できる、ちゃんと底力を持っているアーティストであってほしいと思っていました。

10 BABYMETAL BUDOKAN」(トイズファクトリー)
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