JR北海道が断念した「ハイブリッド車体傾斜システム」に乗るまで死ねるか:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/5 ページ)
JR北海道は鉄道の未来を見据えたチャレンジャーだ。線路と道路を走れるDMVや、GPSを使った斬新な運行システムを研究していた。しかし安全対策への選択と集中によってどちらも頓挫。今度は最新技術の実用化試験車両を廃車するという。JR北海道も心配だが、共倒れになりそうな技術の行方も心配だ。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP。
4月26日付の北海道新聞Web版(関連リンク)によると、JR北海道は新型車両285系気動車の試作車について、検査車両など他の目的への転用を断念した。285系気動車は在来線特急を高速化するための新技術を実用段階に移すための試作車両だ。2014年9月に先頭車+中間車+先頭車の3両編成が完成した。
順調に進めば次の段階は走行試験だった。線路施設への影響、乗り心地、運用方法の確認が終われば、晴れて正式採用となり量産が始まる。JR北海道は285系気動車を北海道新幹線開業に合わせて導入し、函館〜札幌間の「北斗」として走らせるつもりだった。現在の北斗の所要時間は約3時間30分。過去の最速ダイヤでは2時間59分。285系が目標とした所要時間は2時間40分台だった。
しかし、285系気動車の開発中の3年間で、JR北海道の事情が変わった。相次ぐ事故と不祥事の対策として、線路設備と車両の安全確保が最優先となった。既存の特急列車もすべて最高速度を落とした。スピードを求める場合ではなくなった。そこでJR北海道は新型車両の完成直前に開発を中止し、既存形式の車両製造を継続すると発表した。
開発を中止したとはいえ、川崎重工との製造契約があるから、完成した車両はJR北海道に引き渡された。JR北海道は285系気動車について、軌道を検査する車両などへ改造して使うと説明した。4月26日の発表は、その改造や転用する費用もないので断念するという話だ。開発と製造の費用は約25億円だった。
曲線区間で速度を上げる仕組み
285系気動車の新技術とは「ハイブリッド車体傾斜システム」による高速運転と、「モータ・アシスト式ハイブリッド駆動システム」による低燃費、乗り心地向上だ。どちらも既存の技術をさらに進化させた素晴らしい技術である。
ハイブリッド駆動システムは自動車やJR東日本なども採用しており、燃費や環境負荷の改善に有効だと理解しやすい。そこで今回はハイブリッド車体傾斜システムを紹介したい。その前に、車体傾斜システムそのものをおさらいしておこう。
車体傾斜システムを一言で表すと「曲線の通過速度を上げる仕組み」だ。東海道新幹線の最新型車両N700系電車、東北新幹線E5系電車、姉妹車の北海道新幹線H5系電車にも採用されている。直線区間はもちろん最高速度で走り、曲線区間でも、なるべくスピードを落とさないで走行できる。最高速度のまま曲線区間に突入したら、遠心力で列車は線路から飛び出してしまう。その最も悲惨な事例が2005年の福知山線尼崎脱線事故だった。
実は、車体傾斜システムがなくても、鉄道の曲線線路には遠心力対策が施されている。2本のレールのうち、曲線の外側のレールを高くしている。これをカントといって、高速道路やサーキットのカーブにあるバンクと同じ効果がある。カントの大きな部分の踏切は線路の高さに合わせてデコボコしているし、特急が通過する駅で、ホームの曲線部分に列車が停まると、かなり傾いている。
カントは列車の通過速度に応じて設定される。逆に考えれば、列車を高速で走らせたければカントを大きくすればいい。ただし、カントの大きさには限界がある。カントが大きすぎると、列車が緊急停車したときに内側に倒れてしまうからだ。これが道路と線路の大きな違いだ。道路ではバンク角が大きくても、そこで停まるクルマはハンドルを切って内側に降りていけばいい。競輪場のような大きなバンクも、自転車に舵取り装置があるから可能になる。しかし線路では列車が左右に動けない。
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