JR九州が株式上場まで赤字路線を維持した理由:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/4 ページ)
10月25日、JR九州は東証1部上場を果たした。同日前後、報道各社がJR北海道の路線廃止検討を報じている。このように対照的で皮肉な現実について、多くのメディアがさまざまな観点から論考するだろう。しかし過去を掘り返しても仕方ない。悔恨よりも未来だ。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP。
JR九州という会社を語るとき、必ず思い出す景色がある。
2007年5月29日。筑肥線の虹ノ松原駅(佐賀県唐津市)。その日、私は長崎から福岡まで、未乗路線を巡る旅をしていた。その途中の虹ノ松原駅で降り、駅名の由来になった「虹の松原」を見物し、戻ってきたところで、ワイシャツ姿の男性を見掛けた。駅のそばの売店で、店主らしき人と会話し、深く何度も頭を下げていた。
虹ノ松原駅は線路1本、ホーム1面の無人駅だ。彼と私は小さな待合室で電車を待った。何となく挨拶すると、彼はJR九州の営業担当社員だった。沿線の無人駅付近には、切符や回数券を受託販売する商店がある。その1軒1軒を訪問して話を聞くそうだ。初夏の九州である。彼の背中は汗に濡れ、上着を腕に掛けていた。福岡市近郊とはいえ、電車の運行本数は少ない。クルマを使わない営業回りは大変だ。
私は鉄道が趣味の旅行者で、東京から来たと自己紹介すると、彼は「東京では黙っていても電車に乗ってくれますが、こちらはそうもいかないんです」と言った。JR九州は1990年ごろからユニークなデザインの特急電車を導入していた。その奇抜なデザインには、鉄道ファンだけではなく、地元からも賛否両論があるという。
「良くも悪くも、話題性が必要なんです」と彼は話す。九州の人々にとって「近距離移動は路線バス」、「長距離移動は高速バス」が常識だった。何もしなければ、誰も鉄道に関心を持ってくれない。JR九州の危機感は「沿線の人々の無関心」にあり、それは社員に浸透していた。
あれから2年ほど経ち、日南線に観光列車「海幸山幸」が登場して話題になると、九州各地に観光列車が誕生した。現在は「D&S(デザイン&ストーリー)列車」というブランドで展開している。これらの列車の背景に、虹ノ松原駅で見掛けたような、営業職社員の地道な沿線調査があったと思う。名前を聞かなかったけれども、あの人の会社がついに上場すると思ったら目頭が熱くなった。
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