Gartner Column:第5回 Compaq Alphaの運命とIT生態系

【国内記事】 2001.07.02

 前回にベンダーのWebサービス戦略を分析すると予告していたが,今週はかなり重要なニュースが入ってきたので,今回は,コンパックのAlphaプロセッサについて,次回はマイクロソフトの分割回避についての分析とし,Webサービスについてはその次以降に回すことにしたい(もし,期待されていた方がいたならば申し訳ない)。

 6月25日,コンパックとインテルは,2004年までにコンパックのOS製品ファミリーをItaniumベースに移行する旨の発表を行なった。要するに,2004年以降,Alphaプロセッサの新規開発は行われないということだ。ご存じの方も多いと思うが,1997年,コンパックに吸収される前のDECがインテルに対して行なっていたプロセッサの知的所有権に関する訴訟の和解策の一部として,インテルはAlphaプロセッサの製造を請け負うことになっていた。製造委託の期間については非公開とされていたが,2005年までと言うのが業界の定説になっていた。この定説が正しいとするならば,1年前倒しで契約が打ち切られたことになる。

 ガートナーの推定では,Alphaを搭載したサーバのサーバ全体市場に占める金額シェアはわずか2%強である。IT市場における需要そのものが低迷し,さらに,デルコンピュータなどから強力な追い上げを受けているコンパックにとって,これだけのシェアの製品を維持していくことがきわめて困難になっていたであろうことは想像に難くない。また,次世代のIPF(Itanium Processor Family)であるMcKinleyの性能についてもおおよその見通しが立ってきたので,今が撤退発表の絶好のタイミングと判断したのであろう。コンパックにとっては苦渋の決断と言えるが,一般的なサーバ・システムのライフサイクルである3年前に明確にユーザーに告知しておく姿勢は評価して良いのではないだろうか。

 テクノロジーとして見ればAlphaは常に最先端であった。1992年の登場時の200MHzというクロック周波数は当時としてみれば驚異的であったし,64ビットのサポートを最も初期から行なっていた商用プロセッサでもあった。登場の時から現在までAlphaServerはTPC-Cなどのベンチマークのトップ10の常連だったし,AlphaServer上で稼働するTru64 Unixが,ガートナーのOSユーザー満足度調査においてトップの位置に就いたこともある。Alphaの運命は,「優れたテクノロジーが必ずしも市場で成功することはない」という繰り返されてきた歴史ののもうひとつの例になってしまった。

 プロセッサやOSなどのプラットフォーム製品,つまり,上位ソフトウェアが稼働することで,ユーザーに価値を提供する製品では,そのようなソフトウェアの品ぞろえとソフトウェアベンダーの開発意欲が成功のための最重要要因である。ソフトウェアの品ぞろえが豊富であれば,プラットフォーム製品のシェアは高まる。そうなると,ソフトウェア・ベンダーは自社製品の市場機会を最大化するために,そのプラットフォームに集中した開発を行なうようになり,その結果,ソフトウェアの品ぞろえはますます豊富になる。

 このような良循環を作り出すことができたプラットフォーム製品は,たとえ技術的に最良のものでなくても市場で成功する。例を挙げると,Windows OSやインテルのプロセッサなどだ。その逆に,ソフトがない,売れない,ソフトベンダーから見放されるという悪循環に陥ってしまったプラットフォームがシェアを向上するのは難しい。明らかに,Alphaはこのケースであった。

 では,良循環を作り出すにはどうしたらよいのだろうか? ここで重要となる考え方が,エコシステムである。エコシステムとは生態系のことである。たとえば,草原のウサギとライオンの関係を考えてみよう。子孫を増やそうとするウサギにとってライオンは天敵である。では,ライオンが全くいなくなってしまうことが,ウサギにとって最良のシナリオなのだろうか? もし,天敵がいなくなり,ウサギが増え過ぎて草を食べ尽くしてしまえば,逆に,ウサギは滅亡の危機にさらされることになる。つまり,ウサギにとってライオンは敵でもあるが,ある意味,生態系のバランスを取ってくれているという点で味方でもあるわけである。この説明が動物学的に正確かどうかはさておき,意味するところはわかっていただけるだろう。

 つまり,周りすべてを敵と見て,自分だけであらゆる市場を独り占めしようとするベンダーは,たとえ如何に技術力があっても成功する可能性が低いということだ。他社に対してある局面では競合し,ある局面では協力し合うような関係のバランスをうまく取ることが重要なのだ。例えば,サン・マイクロシステムズが富士通にSPARCとSolarisを供与したり,IBMのソフトウェア部門がミドルウェア製品をサンやヒューレット・パッカード(HP)のシステム向けに提供することも,バランスの取れたエコシステムを構築し,結果として自分が成長していくための試みである。このような二律背反的な関係を協力(コオペレーション)と競合(コンペティション)が同時発生しているということで,「コーペティション」という造語で呼ぶこともある。今日のIT市場の力学を考える上で,エコシステムとコーペティションはとても重要な概念だ。

 伝えられるところでは,1991年,アップル・コンピュータは,モトローラのCISCチップの後継として,当時開発中のAlphaの採用を打診したが,DECの当時のCEOであったケン・オルソン氏はこの申し出を断ったという。その結果,アップルは,IBMからPowerPCを提供してもらうことになったのはご存じの通りだ。歴史に「もし」を言ってもしょうがないが,この時に,DECがエコシステム的な戦略からAlphaチップをアップルに供給する決定を下していれば,Alphaの(さらにはアップルの)運命も今とは違ったものになっていたかもしれない。

[栗原潔ガートナージャパン]