Gartner Column:第19回 ガートナーが勧める百万ドルのマグカップとは?

【国内記事】 2001.10.22

 ハード,ソフト,サービスを購買する時に,ITベンダーの提案をそのまま受け入れていないだろうか? 長年の間,ガートナーはクライアント企業に対してITベンダーとの正しい付き合い方をアドバイスしてきた。

 米国で開催された「Gartner Symposium」において,ストレージ担当ディレクターのニックアレンは言った。

「ストレージの購買において重要なポイントが3つあります。まず“交渉”,次に“交渉”,そして“交渉”です」

 ストレージの購買においてベンダーとの交渉が如何に重要かを説くための米国流の言い回しである。

 ストレージは,ベンダー間の競合も激しく,契約ごとの値引率も大きく異なる市場なので,ぎりぎりまでベンダーと交渉し,最善の契約条件を得ることがきわめて重要ということだ。しかし,このようなベンダーとの交渉の重要性はストレージの購買に限ったことではない。

 エンタープライズシステムであれば1回の商談の金額が数億円規模になることもよくある。例え数%の値引きであっても,その金額は大きい。一社の提案書をそのまま受け入れることは,企業にとってのコスト削減の大きな機会を奪っていることが多い。

 また,ベンダーが「お客様だけの特別の割引にしました」と言ったとしても,それが本当に最善の条件であると言えるのだろうか? お得な買い物をしたと思いながら,実は市場価格よりも高めの支払いをしている可能性はないだろうか?

 このような質問の答えを得るため,ベンダーとの適切な交渉戦術をアドバイスしたり,製品の実勢価格情報を提供することも,ガートナーが創設初期からクライアントに提供してきた大きな価値のひとつである。ここでは,ITベンダーとの交渉のポイントについて述べてみたい。

 IT購買における交渉術は,車を買うときに取る交渉術に置き換えて考えれば分かりやすいだろう。車であろうがITであろうが,最善の条件を得るための最も重要なポイントは競合の存在をアピールすることだからだ。

 例えば,あるメーカのワゴン車が買いたくて交渉しているとすると,(内心はその車に決めていても)そのメーカーのディーラーのセールスマンには「他社の同等クラスのワゴン車も検討中であり条件次第でどちらにするか決めるつもりだ」と言って値引き圧力をかけることは,ある程度車に詳しい人ならばだれでも取る戦術だろう(ちなみに,この車にはこの車を競合させれば一番効果的という購入戦術を指南する雑誌も存在する)。

 ITの場合も同様だ。全く白紙の状態から製品を選択するのであれば,複数ベンダーから相見積もりを取ることは当たり前だ。一方,ひとつの製品しか選択肢がない場合であっても,あたかも複数の競合製品を検討中であるかのようにベンダーにアピールすることが大事なのである。

 また,営業側の都合を推定することも重要だ。車であれば一般に営業がノルマ達成に躍起になっている年度末前や一般に車の売れ行きが悪い月に交渉すれば好条件が得られることが多い。ITで言えば四半期末やベンダーの会計年度末に交渉すると最善の条件が得られることが多い。

 近い将来にニューモデルが出ることが分かっていれば,その登場を待つこともできるし,あえて現行モデルの売れ残りの大幅値引きを要求することもできるだろう(その場合には,将来の下取り金額の低下分も考慮に入れなければならない)。これは,車でもハードウェアでも同じだ。

 さらに,最大限の値引きを獲得した後にもさらに交渉の余地がある。車の場合であれば,付属品を無償で提供するよう要求するのが一般的だが,ITの世界であれば,無償サポート期間の延長や研修プログラムの無料提供などの形で,さらなる実質値引きを要求することができるだろう。

 ここで,今回のタイトルの意味を種明かししておこう。ガートナーがベンダーとの交渉における競合の重要性を説明する時に使う「マグカップ・ネゴシエーション」という考え方だ。

 米国ではベンダーの製品説明会やトレードショーのみやげ品としてマグカップをくれることが多い(日本でいえばボールペンや携帯ストラップに相当するだろうか)。マグカップ・ネゴシエーションとは,ベンダーの営業と商談をする時に競合他社のマグカップを使って競合の存在をアピールすることでより良い条件を得ようとするということだ。

 サンの営業と商談するときにIBMのマグカップでコーヒーを飲み,逆にIBMの営業と商談をしている時にはサンのロゴ入りマグカップを使うというわけである。このような暗黙の圧力で,たとえば一千万ドルの商談で10%の値引きを獲得できれば,そのマグカップは百万ドルに値するというわけだ(あくまでも,半分冗談,半分本気の話なので,念のため)。

 最後に,常にベンダーと交渉をし,最善の条件を得よというのは,別にベンダーと喧嘩をしろと言っているわけではないことを強調しておく。特に,サービス関連の契約の時に人件費原価割れするような非常識な値引きを強要すれば,後になって大きな問題を生じることになるだろう。

 要は,ITベンダーの提案を無条件で受け入れるような受動的な態度でもいけないし,ITベンダーを「業者」とみなして無茶な値引きを強いるだけでもいけなということだ。ITベンダーと対等に交渉できるパートナーとしての関係を築くことが大事なのだ。そのような関係をうまく構築できれば,結果として,ユーザー企業とITベンダーの両方が長期的な利益を得られることになるだろう。

[栗原潔ガートナージャパン]