エンタープライズ:コラム 2003/06/23 16:39:00 更新


Gartner Column:第98回 ERP──歴史の終焉とイノベーション

Baan売却、PeopleSoftによるJ.D. Edwards買収、そしてOracleによるPeopleSoft敵対買収と、ERP業界が揺れているが、ガートナーは既に「ERPの終焉」を宣言している。一連の動きは、ERP市場の最終の輝きなのか?

 正直なところ第一報に接したときには驚いた。OracleによるPeopleSoft買収意思の発表のことである。その後の一連の動きについて、あれこれコメントしてみたいところではあるが、この件については、ガートナーから公式見解が出されていることもあり、代わりにこのコラムでは少し長期的な視野で考えてみたい。

 InvensysのBaan売却とSSAによる統合PeopleSoftによるJ.D. Edwardsの買収、そして今回の出来事と、わずかの間にERP市場では大きな動きが相次いだ。個々の出来事についての議論も重要ではあるが、これらの出来事が生じた背景について考えてみることも必要なはずだ。ERPに代表されるエンタープライズアプリケーションは中・長期的な投資案件としての重要さを失っていないからである。

始まりの終わり、終わりの始まり、そして歴史の終焉

 今から思えば、1980年代初めに、ガートナーが生産管理/会計/販売管理をリレーショナルデータベース上で統合した製造業向けシステムとしてERPを定義したときが「始まりの終わり」だった。「正しい処理」と「正しい判断」を実現するための情報システムはどうあるべきかについての議論が行われていた時期を始まりの時期とするならば、ERPというコンセプトとそのアーキテクチャはそういった議論を終息させるに十分な力を持っていたと言える。

 それ以降、大小さまざまなベンダーが、新しく登場したERP市場で覇を競う時代が続くことになる。そして、SAPが公式に23業種を網羅するテンプレートの開発をアナウンスしたのが「終わりの始まり」を画す出来事だったようだ。

 それができるかどうか、できたかどうかといった議論は別として、非製造業分野への拡大、SCMやフロントオフィスといった機能の拡大、そして複数企業にまたがっての利用という範囲の拡大を前提に開発されるテンプレートは、伝統的なERPコンセプトと第一世代アーキテクチャが乗り越えられるべきだということを明確に表現したものだからである。

 そして、SAPは2002年、ERPとして発展させてきたR/3のコア部分のコード(現在、R/3 Enterprise Coreと呼ばれている)を事実上凍結させた。このことは元々の意味のERPが「歴史の終焉」を迎えたことの証左と言ってもいいだろう。

 こうした視点に立つならば、 今起きている数々の事柄は、ERP市場の創出という動きが最終的に止まる直前の輝きということになるはずだ。もっともERPシステムやERPベンダーと称されている企業が消えてなくなるという話ではない。ERPとその発展系はビジネストランザクションの基盤として広く浸透していくだろうし、それは「ビジネスオペレーティングシステム」として、標準的なデータモデルとビジネスプロセスモデルを多くの企業に提供することになるはずだ。ちなみにガートナーは2000年10月に「ERPの終焉」を宣言し、ビジネスオペレーティングシステムに相当するものを「ERP II」という形で定義している。

「イノベーションのジレンマ」が起きるのか?

 少数の巨大ベンダーによる熾烈かもしれないが興奮を伴わない戦いが延々と続くというのが「歴史の終焉」的な世界だろう。そしてこのところの一連の出来事は、そのような世界に向かって進んでいることを示しているようだ。しかし、ここで気になるのが「イノベーションのジレンマ」(クレイトン・クリステンセン著 2000年翔泳社刊)に描かれているようなことが起きるだろうか、という点である。

 第一世代ERPのアーキテクチャを古臭いものとしてしまった変化、つまりWebベースの疎結合環境の充実とコンポーネント化という変化がアプリケーションの基底部分で起きていることを考えると、その可能性は大いにあるとみてもよさそうだ。今のところ、SAPをはじめとする大手ベンダーは、その変化に十分に対応しているだけでなく、時には主導的な役割を果たしているといえる。

 しかし、アーキテクチャあるいはビジネステンプレートを既存顧客が満足するレベルで実装するためには大きなコスト負担がかかり、大手ベンダーらの戦略の幅を狭めている可能性もある。だとすれば、革新的なコスト構造を持つプレーヤーが活動できる市場の隙間が生じることもあり得ると思う。大手ベンダーが中堅市場への浸透を十分に行えていないことは、そのことを暗示しているのかもしれない。

 ただし、伝統的なERPを廉価に構築します、というだけでは中小企業相手のニッチプレーヤーに留まらざるを得ない。意思決定プロセスやネゴシエーションプロセスのモデル化と実装アーキテクチャについて革新的ビジョンを持っているようなベンダー、そして、それを革新的なコスト構造で実現するようなベンダーが登場するようならば、市場は再度多くの選択肢を提供する方向に転換するだろう。そして、そのようなベンダーが日本から出てきても不思議ではないはずだ。

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[浅井龍男,ガートナージャパン]