「地球シミュレータ」は東京を長周期地震動から救えるか――地球シミュレータと耐震ビルがつながる未来：コンテンツ時代の未来予想図（6/6 ページ）

[中村文雄，ITmedia]

システムの全容解明には地球シミュレータしかない

　ここで計算に用いた地球シミュレータについて説明しよう。海洋研究開発機構が運営する「地球シミュレータ」は、35.86テラFLOPSという世界最速レベルの計算能力を誇る汎用スーパーコンピュータ。約500億円の国費を投じて2002年3月に完成し、それ以後約3年間、世界ランキングでトップの座を守り続けた。2005年11月の世界ランキングでは７位となったが、実際の計算能力では世界最速レベルであることに変わりはない。

　地球シミュレータの最大の特徴は、気象のような全体が一つのシステムとして動く現象を超高速でシミュレーションできること。640台（CPUは5120個）のスーパーコンピュータが1秒当たり13.2Gバイトというネットワークで接続されており、ジョブ同士のデータ交換が超高速で行われる。この点が、計算能力を“量”で増大させるグリッドコンピューティングのような方式との大きな違いである。地球シミュレータは“質”的に高性能なのだ。

　今回紹介した地震シミュレーションでは、対象地域をメッシュで区切った数十億の格子の端から端まで地震波の情報が伝わり、それらの情報が相互に作用する。全体の情報が一つの格子の情報に影響を与え、一つの格子の情報が全体に影響を与える。それぞれの格子だけの独立した計算であれば、グリッドコンピューティングが有効だが、今回のように数十億という格子の情報がお互いに影響しあう計算では、地球シミュレータのような計算能力がないと効率的な計算はできない。

　古村助教授が、新潟中越地震のシミュレーションに要した時間は、地球シミュレータの320個のCPUを使用して約2時間。同じ計算を3200個のCPUを用いて行うと計算の効率は著しく落ちる。シミュレーションの計算手法に適したCPUの使い方をしないと、計算効率は上がらない。

　ちなみに同じ計算を2Gバイトのメモリを搭載した200台のIAマシンで行うと2カ月程度の時間がかかると推測されるが、計算中に200台のいずれかが故障してさらに計算時間が長くなる可能性が高い。

　また、地球シミュレータは常時使用されているため、適切なCPUの数を指定して、使用可能な時間を予約する必要がある。例えば、地球シミュレータの全CPUを用いた計算をしたいと思っても、相当な待ち時間が必要となるし、予約した時間になっても故障などによって延期されるケースもある。地球シミュレータという貴重な計算資源を用いるには、さまざまなノウハウが要求されるのだ。

東京大学地震研究所の古村孝志助教授。後ろに見えるのが地球シミュレータに接続されたパソコンのモニタ。古村助教授は、2005年8月から自分の研究室からインターネット経由で地球シミュレータを利用している

　コンピュータシミュレーションの果たす役割は、時々刻々重要度が増しているといっても過言ではない。地球シミュレータは、宇宙や地球に関する科学研究、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、原子力開発などの研究で着実に成果を上げている。これまで、地磁気逆転、地球温暖化、南極海の深層水、H2ロケットの事故分析、原子力発電所の応力腐食、タンパク質の立体構造、カーボンナノチューブの特性など数々のシミュレーションが行われており、新たな知見を見いだしている。これらの結果は、地球シミュレータ以外のコンピュータでは計算が難しい。

　もし、地球シミュレータが必要とする研究者すべてに提供されたら、科学技術の進歩は著しく加速するだろう。産業界においては日本自動車工業会が地球シミュレータを利用して、「車まるごとリアルタイム高精度シミュレーションの検討」という研究を行っており、今後、民間機関による活用も増えると思われる。

　文部省は地球シミュレータの成果を踏まえて、次世代のスーパーコンピュータの開発を進めることを2005年9月に発表した。発表内容は、こちらの記事に詳しいが、地球シミュレータの約250倍の10ペタFLOPS、つまり、1秒間に「1京」回の計算ができる「汎用京速計算機」の開発をする。完成は2012年度の予定で総事業費は1000億円を超える見通しという。文部省の資料の中には「ベテラン技術者の大量引退で技術伝承が困難になる」という2007年問題について触れられており、優秀な研究者たちの貴重なノウハウが失われないうちに、開発が進むことを期待したい。