富士通 黒川社長が「フィールド・イノベーション」を説く理由Weekly Memo(2/2 ページ)

» 2008年05月19日 09時04分 公開
[松岡功ITmedia]
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原点はお客様視点でなく“お客様起点”

 さらにこうしたアプローチは、実際に業務に携わる人たちの改善に対する当事者意識が高まるという副次的な効果も生むという。実際に業務に携わる人たちは、ITの視点から議論すると、「自分たちの問題ではない」という感覚になりがちだ。しかし、人とプロセスとITを改善するという視点に立つと、そうした人たちも改善を自らの問題としてとらえることができるようになるわけだ。

 フィールド・イノベーションを実現するためには、そうした実際に業務に携わる人たちと直接、課題を共有しながら話し合い、解決策を見出していける人材を育成する必要がある。そこで同社では、社内のさまざまな業務部門で指揮を執っていた幹部社員を選抜し、「フィールド・イノベータ」として昨年10月から育成を始めた。業務の第一線で培った経験に加え、「見える化」技術や業務分析手法、さまざまなシステム構築手法を習得し、顧客の業務目線で語り、課題を解決できる人材として育成している。現在、第1期として150人が選抜され、社内での教育・実践を経て今年10月から顧客案件に対して本格的に動き出す予定だ。さらに今年度内にはこれを400人体制に拡充するという。

 また、フィールド・イノベータに加え、一昨年から養成してきた業務要件定義を専門とする「ビジネス・アーキテクト」(2009年までに300人体制を予定)、そして従来のコンサルタントや営業、SEを含めて「フィールド・イノベーション・チーム」を結成し、顧客と一体になったフィールド・イノベーションに取り組んでいく構えだ。黒川氏は、「それがこれから富士通の果たすべき役割だ」と断言した。

 そして講演の最後に、黒川氏はこう語った。

 「私は6月で社長を退任するが、後任の野副(=野副州旦経営執行役副社長) にはすべての仕事を“お客様起点”でやっていかないといけないことをしっかり引き継いでいく」

 この“お客様起点”という言葉こそが、フィールド・イノベーションの原点だ。2003年、社長に就任して間もない黒川氏にインタビューした折り、同氏が開口一番、この言葉をキーワードに挙げ、「よく“お客様の視点”と言われるが、“起点”と“視点”では自らの立つ位置がまったく違う。本当にお客様サイドに立つのは“起点”。だからこそ私はこの言葉にこだわっている」と力説したのを、筆者は今も鮮明に覚えている。黒川氏にすれば、フィールド・イノベーションは“お客様起点”の実践手段なのだろう。そしてこの新戦略が、今後の富士通の“生命線”になると、同氏は確信しているのだと思う。

 だがこの考え方は、決して目新しいものではない。黒川氏も講演の中で幾度か語っていたが、「本来、ITベンダーにとっては当たり前のこと」である。しかし、どのITベンダーにとっても最大の課題であり続けているのが、このポイントだ。だからこそこれまで、ITベンダーがコンサルティング会社を買収したりもした。最近でいえば、米ヒューレット・パッカード(HP)がITサービス大手のエレクトロニック・データ・システムズ(EDS)の買収に乗り出したのも、大きな流れでは通じる。

 HPによるEDS買収を機に、IT業界はグローバルで新たな再編時代を迎える機運が高まっているが、ITベンダーにとって最大の強みとなるのは、顧客との信頼関係だ。フィールド・イノベーションの真髄もまさにそこにある。社長の肝いりで大号令がかかった富士通が、今後どのようにフィールド・イノベーションを実践するか、大いに注目したい。

松岡 功

まつおか・いさお ITジャーナリストとしてビジネス誌やメディアサイトなどに執筆中。1957年生まれ、大阪府出身。電波新聞社、日刊工業新聞社、コンピュータ・ニュース社(現BCN)などを経てフリーに。2003年10月より3年間、『月刊アイティセレクト』(アイティメディア発行)編集長を務める。(有)松岡編集企画 代表。主な著書は『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。


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