三和メッキ工業がたどり着いた“ピカピカ”のフロンティア地場企業新時代

日本の地場産業の多くが、厳しい局面に置かれている。しかし、本当に刀折れ矢尽きた状態なのだろうか。本連載では、インターネットを活用して県外の顧客を取り込んでいかなければという危機感が強い福井県の地場企業に話を聞き、この局面を打破する方法を考えていく。

» 2008年09月14日 04時00分 公開
[西尾泰三ITmedia]

はじめに

 今日、中小企業の集合体といえる日本の地場産業の多くが、厳しい局面に置かれている。中国などに生産移転した方が効率がよいことは多くのケースで事実ではあるが、だからといって地場産業のすべてが斜陽業態というわけではない。

 iPodの背面の鏡面ステンレスが新潟県燕市で手掛けられていることをご存じの方もいるだろう。実際のところ、優れた技術は今も変わらず国内に多く存在している。ではなぜ、地場企業の多くが悲鳴を上げているのか。その1つの理由として、“変化を恐れたため”というのは一定の真実を含んでいる。さまざまな規制などを盾に保守的になってしまったことが今日の状況を生んでいるのではないだろうか。

 地場産業が生き残るにはマーケティングがキーであることが盛んにいわれるようになってきたが、今なおその有効性を感じられずにいる企業も少なくない。そうした中、記者は福井県の地場企業を取材する機会を得た。富山県、石川県、福井県という北陸三県にあって、福井県はインターネットを活用して県外の顧客を取り込んでいかなければという危機感が強い。石川県のように一定の観光客が見込めないことからそれは必然であるといえるが、自らのアイデンティティを保ちつつ変化を図り、成功を収めている地場企業が多く存在するといわれる福井県。本連載では、数回にわたってそうした企業を紹介していきたい。

三和メッキ工業の英断

三和メッキ工業 三和メッキ工業

 福井県・日野川のほとりに本社工場を構える三和メッキ工業。1961年に創業した同社は、ニッケルクロム、亜鉛メッキを手掛けるところから出発した。メッキというと、あまりなじみがないと思われる方もいるかもしれないが、材料の表面に金属の薄膜を被覆した表面処理を施すことで、あるときは硬く、あるときは滑りやすくといった特性を自在に付与するこの技術はわたしたちの生活のあらゆる場面で目にすることができる。

 福井県では昔から眼鏡産業や織物産業が盛んだったこともあり、メッキの需要は少なくなかったことも、この地域でメッキ産業が発達した一因である。「福井県内だけをみても数十社、規模だけでいえば、弊社も十把一絡げでとらえられる程度」と話すのは、総務部でWebマスターとして活躍する西山喬之氏。しかし、そんな同社が、“メッキ”で検索すると最初に表示されるのは偶然ではない。そこには、価格競争に陥ることなく、自社の技術をどう伝えていけばよいのかを追求した同社の軌跡がある。


三和メッキ工業内部。若き親方たちが熟練の技でメッキ処理を施していく。モノ作りは今も変わらず受け継がれている

インターネットを活用するということ

西山喬之氏 西山喬之氏

 三和メッキ工業がオーバーチュアのスポンサードサーチを活用するようになったのが2005年ごろ。それまでの同社のインターネット戦略は、特筆すべき点がないほどありふれたものであった。

 同社専務取締役の清水栄次氏は、インターネットの重要性を早くから認識し、ネットショップの勉強会などにも足しげく通い、SEOやメールマガジンなどの知識を得ようと奮闘していたが、「同業他社と比べて、比較的早い時期からホームページを開設してはいたものの、その効果は期待したほどではありませんでした」と西山氏は振り返る。

 「弊社のページにたどり着くお客様の要望が“メッキをしたい”ということはこちらも理解してはいたつもりだったのですが、まさに“つもり”だったのです」と話すのは、西山氏と同じく同社のWeb戦略を支える森下裕矢氏。それがはっきりと理解できたのは、スポンサードサーチを知ってからだった。いわゆる検索連動型広告であるスポンサードサーチは、Yahoo! JapanやGoogleといった検索エンジンの利用者が検索時に入力したキーワードと関連する広告を表示するもの。同社の場合であれば、「メッキ」に関連した検索ワードに関連させる形で自社の広告を表示させることができれば効果が期待できる。

 スポンサードサーチでは、希望するキーワードから月額の予算見積もりが簡単に取れるようになっているが、当然ながら人気のあるキーワードはそれなりの価格となることもある。「スポンサードサーチ自体はとても画期的だと感じると同時に、自分たちが提供できるものは何なのだろうと再考するきっかけとなりました」と西山氏。目に見えない“技術”を提供するだけに、自分たちの強みを自分たちがあいまいにしか理解していないのでは顧客など得られない。顧客がメッキに求めているものは何か、そこで自分たちは何を提供できるのか、それまでは漠然としか理解していなかったものを言語化していくこととなった。

 「BtoBのビジネスをやってきたので、そうしたものはお互いが理解しているだろうという思いがあったのかもしれません。しかしそもそも、BtoBであれば通じるだろう、というのは幻想です。例えばわたしたちであれば、部品などをお預かりしてそれにメッキを施すわけですが、相手はメッキのプロではないのです。当然そこには意識のズレが存在しています」(西山氏)


森下裕矢氏 森下裕矢氏

 最初に考えていたキーワードは、メッキ、アルマイト、研磨、といったものだったというが、社内のグループウェアなどで従業員から意見を集め、キーワードの見直しを図っていった。「そうすると、例えば『納期が早い』『部分的な処理ができる』といった強みが明らかになってきました。さらに、メッキという言葉自体にも考えを巡らせるようになったのです」と森下氏は話す。

 「例えば『白上げ』などがその好例ですが、JISで規格化されていなくても、現場では当たり前のように使われる言葉もあります。また、カニゼン(メッキ)のように、本来は日本カニゼンの商品名でありながら、無電解ニッケルめっき全般を指す言葉などもあるわけです。さらに、それらが地域ごとに呼び方が違っていたりします。利用者の視点に立って考える、というのは、簡単なようで簡単ではないのです。それらを時間をかけて洗い出していきました」(西山氏)。

 現場の匠(たくみ)たちの声を細かく聞き、それらを反映させたキーワードでスポンサードサーチを試してみると、瞬く間にサイトへの訪問者数が跳ね上がり、それに伴って受注なども増えていったという。もちろんそれは福井県内だけにとどまらない。「いまでは、海外の在留邦人の工場長クラスの方から問い合わせが来るようになりました」(森下氏)。

 また、そうした知恵はサイトにもフィードバックされていった。

 「キーワードと同じくらい重要なのがランディングページ。どんなキーワードで飛んできても、いつもその会社のトップページを表示していては、利用者の問題解決に直結しているとはいえません。かつては単にページが多いだけのサイトでしたが、サイトの作り込みというのはページの数を誇るのではなく、利用者の視点に立った導線作りが必要であると強く思うようになりました」(西山氏)

BtoBとBtoCの両輪がもたらしたもの

 もともとはBtoBのみを手掛けていた同社だが、スポンサードサーチを活用したインターネットマーケティングを進めていくうちに、思いのほか個人からのニーズも多いことに気づく。「1点ものでも顧客のニーズに応えたい、職人として恥ずかしくない仕事をしたい」――そんな思いから個人向けサイトとなる「必殺めっき職人」も立ち上げた。

 「BtoBとBtoCでは、キーワードも変化します。メッキのことをそれほど知らない方であれば、『メッキ ピカピカ』『メッキ きれい』などで検索するのがむしろ自然ですよね。そうしたことを考えるようになると、今度はメッキに期待する効果の逆、例えば、「はがれた」などがそれに当たりますが、そうした不具合のキーワードも入れた方が効果が高いことが分かってくる。そうした世の中のニーズを2つのサイトでつかみながら改善を図っていきました」(西山氏)

 そうした改善を続けた結果、現在、三和メッキ工業は“メッキ”で検索すると一番上に表示されるまでになった。現在も、スポンサードサーチも積極的に活用し、1日当たり1万円程度の予算ながら、メッキを本当に求めている利用者に響くマーケティングの改善に日々努めている。

 「わたしたちは2005年からオーバーチュアのスポンサードサーチを利用していますが、当然ながら今後、メッキというキーワードに対する競合は増えてくることになるでしょう。メッキというキーワードを押さえるために予算を上乗せするのでは、本末転倒になりかねません。だからこそ、世の中の変化をしっかりと把握し、自分たちは変化を恐れることなく改善を続けていくということが有利に働くのでしょう」(森下氏)

インターネットマーケティングは邪道か?

 「わたしたちのような製造業、しかも地場に根付いていたような企業だと、実際に対面して販売するのが商売である、という昔ながらの考え方を持っておられる方も少なくありません。こうした行為の重要性も十分に理解していますが、これからの時代、それだけではだめなのでしょう。少なくとも、きっかけとなる入り口部分の間口を広げておくことはメリットこそあれ、デメリットはないはずです」(西山氏)

 「今でも日本のメッキ技術はトップレベルだと思います」と森下氏は話す。米国でメッキ処理された製品を輸入している業者が同社に再度メッキ処理を依頼し、それから流通させるといったケースも珍しくないという。

 「だからこそ、インターネット上でメッキといえば三和メッキ工業が強烈な存在感を手にしていることは大きな意味がある」と西山氏。続けて、「“メッキ”で検索し、検索結果で一番上に出てくる企業をクリックして会社概要を見ると、せいぜい三十数名の従業員規模で、しかも福井県の地場企業なのです。“メッキ屋の三和メッキ工業”ではなく、“メッキといえば三和メッキ工業”となっていること。同じように思われるかもしれませんが、この違いは弊社にとって驚くほど大きい意味を持つのです」(西山氏)

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