究極のわがままは我欲を捨てること〜佐川明美さんインタビューオルタナティブな生き方(2/2 ページ)

» 2009年03月04日 12時00分 公開
[土肥可名子,ITmedia]
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天命が自分を見付けてくれる

 父親が会社を経営していたということもあって、ビジネススクール時代からいずれは会社経営をしてみたいと思っていました。

佐川明美さん 「オルタナティブ・ブログは、この1年の私の変わりようを記録する場になった」

 7年やってQualcommというアメリカの会社に売却しました。もちろん葛藤はありました。私の自己満足を達成するには、自分の会社がこんなに大きくなりましたでいいんです。でも株主に対する責任もある。今、こういう状況ですから、一歩まちがえればどうなっているか分かりません。すでに成功している会社がより大きくなるために吸収されていくという道を選ぶことで、投資してくれた人にはある程度のリターンをもたらすことができました。あのとき、自分の会社だという我欲が強かったら、会社はなくなっていたかもしれません。

 ともあれ、会社の売却は私にとって子供が巣立ったような大きな区切りでした。それもあって去年1年はゆっくりしたいなと思い、あえて自分から目標を決めてアチーブするというのをやめたんです。お呼びがかかるのを待とうと。自分に天命があるのだったら、天命が自分を見付けてくれるのではないかなと思って。なるべくたくさんの人に会おうと。これまではあまり付き合いのなかった駐在員や日系二世や三世の方たちとも知り合いました。

新たな出会いとオルタナティブ・ブログ

 面白いですよ。こんなところにこんな面白いことをやっている人がいるんだ、という出会いがあるんです。

 例えば、元マイクロソフトのトム・イケダさんがやっているDensho Project。彼のご両親は日系二世でアメリカ生まれであるにもかかわらず、太平洋戦争中に収容所に送られているんです。財産も没収された。だからトムさんには日本人であることを極力強調しないよう、アメリカ人に溶け込むよう教育してこられた。おかげでトムさんは日本語を話すことができません。彼は今、マイクロソフトをやめてNPOを設立し、全米を回ってこうした日系二世の記録をとっています。こんな苦労をして今の日系アメリカ人という位置を築いてきたんだなぁと考えさせられます。

 また、アメリカの高校の日本語講座にボランティアで参加したりもしています。日本語を話しに行くんですけど、いまどきのアメリカで日本語を勉強する高校生がいることがまず驚きですよね。「これからは中国語」と誰もが言いますから。

 そんななかで15・6歳の子が一生懸命、真摯に日本語を勉強しているんですよ。3月には1泊2日のキャンプにも参加する予定で、ここでは言葉だけでなく日本の文化も紹介するので、私は生け花を教えます。

 生け花も日本ではやったことがなかったんです。学生時代、母に勧められたけど、そんな花嫁修業みたいなマネ、私には必要ないわって。アメリカに住んで初めて、日本の良さや自分のアイデンティティに気付きました。間もなく、シアトルで生け花教室もはじめるんですよ。

 オルタナティブ・ブログには折々の想いを綴ってきました。期せずしてこの1年の私の変わりようを記録してくれる、とてもいい場になりました。ブログがあることでもこの1年は違ったものになったと思います。究極的には自分のため、自分に入ってくる興味のために書こうと思ってるんですけど、書くこと、言葉にすることで分かってくることもありますから。

 今の日本、ちょっと閉塞的になっていますよね。でも1歩踏み出してみたら何か変わるかもしれない。やりたいことがあったらやってみれば? と思います。つらいことがあったら泣いたっていいじゃないですか(笑)。泣きながら走る日があってもいい、そんなふうに思います。

佐川 明美氏 プロフィール

佐川 明美

證券アナリスト、プロダクトマネージャーを経て渡米。
2001年1月、Open Interface North America, Inc.設立、同社CEO就任。
2007年、QualcommによるOpen Interface North America買収に伴い、フリーの身に。

ITmedia オルタナティブ・ブログ『シアトルより愛をこめて』では、テクノロジーやニュース、日本・アメリカ・インドの文化の紹介などを執筆。シアトル在住者ならではの日本観と応援メッセージにあふれる人気ブログである。


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