中国のIT情報強制開示 撤回の落とし所Weekly Memo(2/2 ページ)

» 2009年05月11日 07時55分 公開
[松岡功ITmedia]
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知財保護の世界共通ガイドラインづくりを

 今年3月、中国政府は日米欧の反発を考慮して、世界貿易機関(WTO)の会合で追加対象品目の制度導入の延期を表明。その内容を5月までに公表するとしていた。それが今回の「1年延期」と「政府調達限定」である。

 こうした中国政府の方針変更に対し、日本政府やIT業界関係者の間では「喫緊の衝突は避けられた」との安堵感はあるものの、「問題が先送りされただけで、知的財産の流出が懸念される状況に変わりはない」との見方が支配的だ。

 確かに、中国政府にすると、「1年延期」によって一定の譲歩をした一方で、「政府調達限定」を打ち出すことで事態の沈静化を図り、状況を見ながら1年後の導入にこぎ着けたいとの思惑かもしれない。

 また、中国政府が国際世論の反発を浴びながらも、世界的に例のない強制的な開示制度の導入に執着するのは、中国国内のIT産業育成が狙いではないか、との声もある。制度導入によって、外資系企業の競争力を削ぎ、国内企業の育成を図るという保護主義的な側面を、今回の動きに見て取る向きも少なくない。

 それにしても、こうした外交上の駆け引きにおける中国政府の交渉術は巧みだ。4月29日の日中首相会談では、世界的な経済危機を克服するために、両国がITや環境などの分野でも「戦略的互恵関係」を深化させることで一致した。一方で日米欧の経済環境が厳しい中、比較的高い成長を保つ中国は経済交渉で強気に出るケースが目立ってきている。今回の制度導入に対する中国政府の対応は、そんな状況の“アメとムチ”を巧みに使い分けているようにも見受けられる。

 ただ、今回の件に関しては、そうした中国の巧みな交渉術に感心している場合ではない。問題の核心は、あくまでも知的財産の保護にある。ソースコードをはじめとして製品などに含まれる技術情報は、企業の競争力を支える根幹であることはいうまでもない。

 知的財産保護は、もはや世界的な流れになっており、日米欧はIT製品に限らず、これまでもWTOなどの場で中国政府に対して繰り返し懸念を表明してきた。今回の制度導入においてもこのまま行けば、場合によっては日米欧が共同でWTOに提訴するという事態も起こりうるだろう。

 ただ、そうした対抗措置は本質的な解決にならないのではないか。今回の件を契機に、知的財産保護における世界共通のガイドラインづくりに踏み込めないものだろうか。そのためには、国益・国防と知的財産の関係やあり方を掘り下げる必要も出てこよう。非常に難しい取り組みだが、知的財産保護における問題の本当の落とし所は、そこにしかないように思う。

プロフィール

まつおか・いさお ITジャーナリストとしてビジネス誌やメディアサイトなどに執筆中。1957年生まれ、大阪府出身。電波新聞社、日刊工業新聞社、コンピュータ・ニュース社(現BCN)などを経てフリーに。2003年10月より3年間、『月刊アイティセレクト』(アイティメディア発行)編集長を務める。(有)松岡編集企画 代表。主な著書は『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。


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