メーリングリストを120%活用するテクニックオープンソースソフトウェアの育て方(4/5 ページ)

» 2009年09月01日 00時01分 公開
[Karl Fogel, ]

Reply-toはどうすべきか

 個人的な議論を避ける項では、議論は公開の場で行うことの重要性を強調しました。できるだけそのように心がけないと、議論はどんどん個人的なメールのやり取りに収束します。また、本章で扱っている内容は、ソフトウェアを用いていかにプロジェクト内のコミュニケーションを円滑にするかということです。もし議論をメーリングリスト上で続けられるような機能がメーリングリスト管理ソフトウェアに搭載されているのなら、それを使用しない手はありません。

 ……とは一概に言い切れないのです。実際そのような機能はありますが、無視できない問題点も幾つかあります。この機能を有効にするかどうかは、メーリングリスト管理にかんする議論の中でも最も白熱するものです。7時のニュースで取り上げられるような内容ではありませんが、フリーソフトウェアプロジェクトにおいては何度となく議論されてきました。ここでは、まずその機能について説明し、双方の立場の主張を並べた上で、個人的にお勧めの方式を示します。

 機能そのものは非常にシンプルです。メーリングリストへのすべての投稿に対して自動でReply-toヘッダを設定し、返信先をメーリングリストのアドレスにするものです。元の送信者がどんなReply-toヘッダをつけていたとしても(あるいはつけていなかったとしても)、メーリングリストの参加者に配信されるときにはReply-toがメーリングリストのアドレスに変わっています。

Reply-to: discuss@lists.example.org


 一見これはよさげな機能に見えるかもしれません。たいていのメールソフトはReply-toヘッダの内容を考慮するので、投稿に対して返信しようとすると、自動的にメーリングリストあてに送信するようになります。もちろん返信する人の意思であて先を変更できますが、デフォルトでメーリングリストあてになることが大事なのです。テクノロジーの力で協調作業をやりやすくする。まさに完ぺきな例じゃないですか。

 ところが残念なことに、この方法には幾つか欠点があります。欠点としてまず挙げられるのが、いわゆるCan't Find My Way Back Home(おうちに帰れない)問題です。何らかの理由で普段とは異なるアドレスからメールを送信する際など、「本当の」アドレスをReply-toフィールドに指定しておくこともあります。常に同じ場所でメールの読み書きを行うのなら、この問題は起こりません。もしかしたら、そんな問題があることにすら気づいていないかもしれません。

 しかし、普段とは異なる設定でメールを送信する人やメールのFromアドレスを変更できない状況(職場から送信しており、IT部門に対する権限がない状況)の人にとっては、返信を自分で受け取るための唯一の手段がReply-toとなるわけです。そのような人たちにとって、メーリングリストに参加しているのとは別のアドレスで投稿する際にはReply-to設定は必要不可欠な情報となります。メーリングリストソフトウェアがそれを上書きしてしまうと、その人は自分の投稿に対する返信を見ることができなくなってしまいます。

 もう1つの問題は、期待に反する動作をしてしまうことです。個人的には、Reply-toの変更に反対する人が最も強く主張しているのがこの問題だと思います。メールの処理に慣れている人は、reply-to-all(全員に返信)とreply-to-author(送信者に対して返信)の2通りの返信方法を使い分けています。最近のメールソフトは、これらの操作に対してそれぞれ別のショートカットキーを割り当てています。全員(メーリングリストも含む)に返信したい場合は「全員に返信」を、そして送信者に対して個人的に返信したい場合は単なる「返信」を使えばいいことを知っているのです。あなたとしては返信は可能な限りメーリングリストに送信してほしいでしょうが、返信する方には個人的に返信する権利があります。例えば、元のメッセージに対して何か機密情報を含む内容を返信したい場合などは、それが公開のメーリングリストに流れてしまってはまずいでしょう。

 さて、メーリングリスト側で送信者のReply-to設定を書き換えてしまうとどうなるのかを考えてみましょう。そのメールに対して「送信者に返信」のキーを押したとしたら、当然その人はそのメールが送信者に対してのみ届くものと期待するでしょう。ごく当たり前のことなので、いちいちあて先を確認することもないかもしれません。返信メールの中で個人的な内緒のメッセージ(もしかしたらほかのメンバーの悪口かも……)を書き、送信ボタンを押します。予想に反して、数分後には彼の書いた返信がメーリングリストに流れることになるでしょう! ええ、もちろん送信前にあて先をしっかり確認しなかった彼が悪いのです……理屈上は。でも、普通はReply-toは送信者のアドレスに設定されているもの(メールソフトがそう設定しているはず)なので、長年メールを使っている人ほどそう信じ込んでしまう傾向があります。実際、もし意図的にほかのアドレス(例えばメーリングリストなど)をReply-toに設定した場合は、通常はそれをメッセージの中で明記するものです。

 この予期せぬ振る舞いの影響は無視できないため、個人的にはソフトウェア側でのReply-toヘッダの変更は行わないことをお勧めします。確かにこの機能は共同作業の際には便利でしょうが、わたしにとってはその副作用の影響の方が重大に感じます。しかし、もう一方の立場の人たちにもそれなりの言い分があります。どちらを選択したとしても、「どうして○○にしなかったの?」という質問がたびたびメーリングリストに投稿されることになるでしょう。これはきっと、そのメーリングリストで本来扱いたいと思っているテーマとは異なるはずです。そんな場合用に、この問題にかんする議論をうまく鎮めるようなお決まりの返答を用意しておくといいでしょう。

 ここで大切なのは、あなたがどちらの設定を選んだとしても、決してそれが唯一の正解なんだと主張しないようにすることです(たとえ内心ではそう思っていたとしても)。そうではなく、次のように説明するようにしましょう。「この問題については昔から議論が繰り返されています。どちらの立場の主張にもそれなりの言い分があり、みんなが納得するようにすることは困難です。だから、わたしは自分がよりよいと思う設定にしたのです」そして、(まったくの新入りさんが質問してくる場合は別として)もうこの話題はメーリングリスト上で話すのはやめるよう丁寧にお願いし、後はそのスレッドを放置しておきます。そうすれば、そのスレッドの議論は自然に収まるでしょう。

 もしかしたら、誰かが「どっちがいいか投票で決めよう」なんて言い出すかもしれません。あなたさえ構わなければそれでもいいのですが、個人的には、この問題は多数決で決めるような類のものではないと思います。予期せぬ挙動のせいで受ける被害(個人的なメールを違ってメーリングリストに送ってしまう)は甚大ですが、Reply-toを書き換えないことで参加者が受ける不利益はたかが知れています(たまに間違って個人あてに返信してしまった人に対して、メーリングリストに返信するよう伝えるくらいです)。個人的なメールをメーリングリストに送ってしまうような人はほんの一握りかもしれません。でも、たとえそうであっても彼らにそのようなリスクを負わせることが許されるでしょうか?

 この問題にかんするすべての議論を取り上げることはしません。ここでは、最も重要だと思われるものだけを示しておきます。詳細な議論の内容は、以下の文書でご確認ください。どちらも、この問題が持ち上がるたびに多くの人が引用するものです。

 先ほどわたしの個人的な好みを軽く述べましたが、決してそれが“正解”だと確信しているわけではありません。実際、わたしはReply-toを書き換えているメーリングリストにも多数参加しています。大事なことは、どちらにするのかを早めに決めておくこと。そして、後々この件についての議論に巻き込まれないようにすることです。

  • わたしのふたつの夢

 いつの日か、どこかの誰かがreply-to-list機能をメールソフトに組み込んでくれるかもしれません。これを使用すると、先ほど説明したメーリングリスト独特のヘッダの内容をうまく読み取り、メーリングリストあてに適切に返信してくれるのです。それ以外の相手にはメールは送られません。だってその人たちほほとんどはメーリングリストにも加入しているんですから。結局のところ、メールソフト側でこのような機能を実装してしまえば、こんな議論をせずにすむようになるわけです(実際、Muttというメールソフトはこの機能を持っています*1)。

 よりよい対応法は、Reply-toを変更するかしないかを各メンバーが個別に設定できるようにすることでしょう。メーリングリストあての投稿は(自分の投稿も他人の投稿も含めて)Reply-toをメーリングリストのアドレスにしてほしい人はそのオプションを指定し、Reply-toをそのままにしておいてほしい人はそのように指定します。残念ながら現時点では、これを各参加者ごとに設定できるメーリングリスト管理ソフトは存在しないようです。現状は、全員共通の設定で我慢するしかありません*2

[1] 本書の出版直後にMichael Bernsteinが教えてくれました。Mutt以外にも、reply-to-list機能を実装しているメールソフトがあります。例えばEvolutionでは、キーボードショートカット(Ctrl+L)でこの機能を使用できます。でもボタンはありません。"

[2] その後、この機能をサポートするメーリングリスト管理ソフトがあることを知りました。Siestaというものです。こちらの記事も参考になるでしょう。


content on this article is licensed under a Creative Commons License.

注目のテーマ