F1のレース戦略を支えるデータとネットワーク、日本GPの舞台裏AT&TとWilliamsが解説(2/3 ページ)

» 2009年10月09日 09時23分 公開
[國谷武史,ITmedia]

工場とサーキットをつなぐインフラ

 Williamsチームは本社と工場を英国オックスフォードに構える。GPには毎回エンジニアやレース運営など担当する70人ほどが赴き、サーキットのピット内にF1マシンの作業スペースやデータを解析するテレメンタリーシステム、スポンサー企業やメディア取材に対応するホスピタリルームなどを設置する。ピットはGPに限定して開設される臨時オフィスという存在だ。

 Williamsチームでは、GPごとに英国とサーキットの間にAT&TのMPLS技術を利用した4GbpsのVPN網を構築している。これにより、期間中は時差に関係なくリアルタイムに両地点でデータの転送や処理ができる環境を確保しているという。

 F1マシンの設定に利用するデータは、主にF1マシンに搭載される数百ものセンサー情報とドライバーの運転感覚である。英国とサーキット間で転送されるデータサイズは、F1マシン1台につき1レース当たり3Gバイト程度。F1チームは通常2台のF1マシンを用いるため、合計では6Gバイト程度になる。しかし、実際には詳細な解析結果や設定のシミュレーションデータも加わるため、データの総サイズは25Gバイトほどにもなる。

 WilliamsチームでITマネジャーを努めるクリス・テイラー氏は、「例えばテスト走行と予選の間では100〜200Mバイトのデータを圧縮、暗号化してサーキットから英国へ送る。現地と工場の双方で解析を行い、設定や戦略を決めるというプロセスになる。かつてはサーキットに多数のエンジニアが出向いて解析を行わなければならなかったが、2007年以降はネットワーク帯域が5倍以上に拡張され、現地と英国で同時に作業できるようになった」と説明する。

戦略立案に用いるデータの数々

 サーキット側で解析業務を担当するチーフオペレーションズエンジニアのロッド・ネルソン氏によると、F1マシンに搭載するセンサーは車体側で約250種類、エンジン側で150種類に及ぶ。各センサーの情報はまずピットのテレメンタリーシステムに無線で送られ、さらにテレメンタリーシステムから英国へもリアルタイム転送される。

 解析作業は、F1マシンの走行中にリアルタイムにサーキットと工場で同時に行うほか、走行後にサーキットと工場で手分けをして行うこともある。同氏よればリアルタイムの解析作業は時間の制約が伴うことから、優先度の低いデータは一度テレメンタリーシステムに蓄積し、走行の合間に英国へ転送して解析を行うようにしている。

テレメンタリーシステムでエンジニアとF1マシンの設定を検討するロズベルグ選手

 「データ解析は主にマシンの性能と信頼性の2種類に分けて実施している。性能面は重量のバランスや時速300キロ超のマシンを地面に押し付ける“ダウンフォース”を得るためのウイングの角度、ステアリングの調整幅などだ。信頼性ではタイヤの空気圧や表面温度、エンジンの回転数や温度、燃料効率などのデータを重視し、冷却システムの設定やF1マシンの診断ツールなどに生かしている」(ネルソン氏)

 日本GPで同チームが構築したテレメンタリーシステムは、ワークステーションやサーバ、ディスプレイ、端末を満載する8つのラックで構成されていた。テレメンタリーシステムは、工場のサーバのミラーデータにアクセスして処理を行う仕組みで、工場のエンジニアとコミュニケーションを取りながらデータを解析していた。ワークステーションでは、推奨されるF1マシンの設定をある程度は導き出せるが、さらに工場側には「Seven for Strip」という実車を使ったシミュレーション装置も用意しており、解析結果から得た設定をエンジニアが目視で検証した上でサーキットのエンジニアに情報を伝える。

 ネルソン氏によれば、両地点でやり取りするデータの約75%がF1マシンの設定に関するものであり、約25%が音声やチャット、電子メールなどのコミュニケーションに関するものだという。解析データを現地と工場で共有しつつ、細部を含めた最終的な設定はドライバーと担当エンジニアが決めることになる。

 Williamsチームで2007年からF1に参戦するドライバーの中嶋一貴選手は、「レース前に主なもので2〜3パターンの設定を用意しておき、現場ではうち1〜2パターンを決勝まで試していく。エンジニアとデータを検討しながら調整しているが、特にアクセルやブレーキの操作、ステアリングの方法などを運転に直結するデータを参考にしている」と話した。

日本GPで取材に答える中嶋選手

 中嶋選手によれば、運転操作に関するデータは同僚ドライバーのニコ・ロズベルグ選手とも共有しており、お互いの走り方を直接比較することで走行タイムを短縮するためのヒントを得ている。「コーナー手前のどの位置でどれぐらい強くブレーキを踏んだのか、前の周回に比べてどれくらい早くアクセルを踏んだのかといったデータを見比べることで、彼(ロズベルグ選手)の操作を参考にすることも多い」(中嶋選手)

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