テクノロジーのライジング・サン、アジア勢が主要部門を制覇Imagine Cup 2010 Report

ビル・ゲイツも注目するImagine Cup 2010はいよいよ終盤を迎え、ソフトウェアデザイン部門は最終プレゼンテーションが行われた。激戦を勝ち抜いた6チームだが、優勝をもぎ取ったのはどんなソリューションだったのか。

» 2010年07月09日 07時55分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 ポーランドで開催されているMicrosoft主催のグローバルITコンペティション「Imagine Cup 2010」。Microsoftの創業者であるビル・ゲイツ氏もImagine Cupに注目していることをTwitter上でツイートしているが、本大会もいよいよ終盤を迎えた。

 現地時間の7月7日、ワルシャワ市内のオペラハウスで、各部門でファイナリストに残ったチームのプレゼンテーションが行われた。ソフトウェアデザイン部門のファイナリストは、フィンランド、マレーシア、ニュージーランド、セルビア、シンガポール、タイの6チーム。6人の審査員、そして1400人の観客を前に、それぞれのソリューションを紹介した。

手堅いが魅力に欠けた3チーム

フィンランド代表チームは、手話学習のための動画共有型のポータルサイト「Signbook」を披露した

 6チームの中で最初に登場したのはフィンランド代表チーム。彼らのソリューション「Signbook」は、手話学習のためのポータルサイト。Webカメラを利用して簡単に手話の動画を取り込み、それを共有することで、手話学習を支援するのがコンセプトだ。ビジネスモデルとしては、いわゆるフリーミアムモデルで、ユーザーの10%程度が有料サービスを利用することで毎月1万ユーロの利益が出るという。また、Facebookとの連携も視野に入れているとし、ソーシャル性を生かしたソリューションであることを強調していた。審査員からは、単語レベルで学習することが本当に手話学習となるのか、あるいは手話の“方言”ともいえる部分にはどのように対処するのかといった厳しい質問が投げかけられた。

 マレーシア代表のソリューションは、全世界で無駄に廃棄されてしまっている食材を何とか減らすことはできないかを考えた「Project Apple」。特に、家庭から廃棄される食材がかなりの割合を占めるとし、さまざまなレシピや栄養バランスなどを考慮しながら、毎日の食事計画を最適化するためのソリューションが紹介された。ユーザーインタフェースは作り込まれており、商用製品であるといわれても受け入れてしまいそうなできだったが、本大会のテーマであるミレニアム開発目標を達成するためのソリューションとしては、少しピントがずれてしまっていたようにも感じた。同様に、教員同士のソーシャル化を図ったシンガポール代表のソリューションにも新鮮さは感じられなかった。

注目を集めた3チーム

発想の転換でレトロに感じられるラジオを使った無線データ通信ソリューションを披露したニュージーランド代表(Photo by Microsoft)

 前評判の高かったニュージーランド代表のプレゼンテーションは、やはり観衆の注目を集めた。すでに「ラジオで無線データ通信――新興国がみせる“型破り”のソリューション」で紹介したように、彼らのソリューションである「One Beep」は、インターネット回線も電話線も存在しないような発展途上国の国で、教材を配布するための手段として、ラジオ放送局から発信される電波に教材データを載せるというもの。原理としては、携帯音楽プレーヤーをカーステレオと連携させるFMトランスミッターをイメージすればよい。

 実際の運用イメージとしては、One BeepソフトウェアでテキストデータなどをWAVデータに変換した後、それをラジオ局から“放送”する。受信側はラジオでその電波を拾い、オーディオケーブル経由でOLPCなどのPCに渡す。受信側のPCにもOne Beepソフトウェアを用意しておけば、そこで元のデータに復号できる。ただしこれだと、どこからどこまでの放送を受信すれば復号できるか分からないため、電波に乗せるデータにフラグを立てて、受信側でデータを自動判別できるようにしているのもポイントだ。

 ラジオというレトロなデバイスを用いて現代の問題を解決しようという姿勢もおもしろいが、それを実現しようとする彼らの意欲は強く、実際にこのソリューションを展開するに当たってのステークホルダー、例えばOLPCなどのプロジェクトに対してOEM契約の交渉を進めるなど、実現可能性の高さをアピールした。ビジネスモデルが少し弱いようにも思えたが、識者や関係者のコメントを時には動画を用いながらエビデンスとして紹介していたのは、効果的な方法だった。また、審査員に文字を書いてもらい、それを実際に“放送”してみせるという参加型のデモは、システムに自信がある証拠だ。同チームはこうした総合的な技巧が光った。

BMIを利用したソリューションを披露したセルビア代表。操作は慣れを要するようだが、こうしたソリューションによってコミュニケーションが可能となるユーザーからすれば福音となるのではないだろうか

 セルビア代表のチームは、脊髄(せきずい)疾患など、身体を自由に動かせない、あるいは、脳の損傷によって話すこともできない障害者のコミュニケーションを支援するソリューション「Neural Communicator」を披露。額にはり付けた脳波センサーからの情報を利用してSMSやチャット、ブラウジングなどを行うというものだ。眼球の移動にひも付いた脳波(あるいは電位か)を利用し、2X3のセルにまとめられた機能セットを操作することで、これを実現している。いわゆるBMI(ブレイン・マシン・インタフェース)のソリューションだが、プレゼンテーションでは、一度もキーボードやマウスに触れることなく、すべて脳波で操作する様子が紹介された。プラグイン型のアーキテクチャを採用しているとし、さまざまな種類のアプリケーションをこのインタフェースから操作できるという点に将来的な魅力を感じた。

 2007年時点ではまだ目新しい技術だったWPF(Windows Presentation Foundation)を活用したユーザーインタフェースを備えたサービスで、Imagine Cup 2007のソフトウェアデザイン部門を制したタイは、当時は英語でのプレゼンテーションに不安要素を抱えていたが、本大会では美麗なユーザーインタフェースの作り込みを含めた開発のレベルを高めつつ、さらにプレゼンテーションスキルの高さを見せつけた。

 今回のタイ代表チームが発表したソリューション「eyeFeel」は、マイクから入力された音声を音声認識エンジンに渡してテキスト化した後、それを手話単語列に変換し、さらに手話アニメーションをほぼリアルタイムに作成するというもの。手話を知らない健聴者と手話を日常言語とする聴覚障害者とのコミュニケーションを支援するソリューションだ。Webカメラと顔認識技術をうまく利用し、人物の周囲に手話アニメーションとテキストを同時表示させるユーザーインタフェースは観客の心をつかんでいた。

 音声認識や手話単語変換の部分は既存の技術を活用しており、翻訳エンジンなどWebサービスと連携することで多言語対応も可能であることが説明された。手話単語列に変換する部分は、認識精度を高めるため、あるいは、多言語を扱う際に必要なのか、マルコフアルゴリズムを用いて並び替えを行っていると彼らは説明していたが、実際の会話と画面に表示される文字列の内容が必ずしも一致していない点をソフトウェアデザイン部門日本代表チーム「PAKEN」のメンバーは見抜いていた。ファイナリストから学ぶべき点は多いと、もともと鋭い洞察力をさらに研ぎ澄ませ、プレゼンテーションに見入っていた彼らは、「セルビアのチームも本番用にムービーを利用し、それに合わせてプレゼンテーションをしていたのではないかと思う」と話している。つまりは、作り込めていないのではないかということだが、大舞台での失敗が許されないことを考えれば、十分なテストを行っているという前提で許容される方法ではあるし、それも含めてのプレゼンテーションスキルだともいえる。いずれにせよ、タイ代表チームのソリューションに観客が魅了されたのは確かだ。

タイ代表チームの「eyeFeel」。UXがすばらしい

主要部門はアジア勢が制覇、問われる日本の取り組み

ソフトウェアデザイン部門を制したタイ代表チーム(Photo by Microsoft)

 現地時間の7月8日、Imagine Cupは最終日を迎えた。オペラハウスで開催された表彰式には学生と関係者を含めた1400人が集結し、各部門の結果が告げられるたびに大きな歓声がオペラハウスに反響した。

 ソフトウェアデザイン部門は、タイが優勝、準優勝がセルビア、3位がニュージーランドと、再びタイがソフトウェアデザイン部門を制した。結果から振り返れば、上位3チームは予想通りであり、どこが優勝してもおかしくはなかったが、優れたユーザーエクスペリエンス(UX)の有無が勝敗を分けたように思える。

 ここではソフトウェアデザイン部門だけを取り上げているが、Imagine Cup 2010では、アジア勢の活躍が目立った。デジタルメディア部門と組み込み開発部門は台湾が、ITチャレンジ部門は中国が、ゲームデザイン部門はフィリピンが制している。つまり、すべての部門で優勝したのはアジアの国々なのというのが現状なのだ。同じアジアの国だからと喜ぶのもよいが、同じアジアの国でもこうやって顕著に差がつき始めていることに少し危機感を覚えた。

 クロージングで、来年の開催地がニューヨークであることが発表され、さらに、Imagine Cupに対する期待を語るオバマ米国大統領夫人のビデオメッセージが届けられると、会場は大いに盛り上がった。今の学生はきっと知らないだろうが、「ニューヨークへ行きたいか−」の呼びかけて一世を風靡(ふうび)した某テレビ番組を思い出しながら、知力、体力、時の運を備えた日本代表の活躍に思いをはせた。

各部門、およびアワードを受賞した各国代表。この壇上に日本が再び立つ日に期待したい(Photo by Microsoft)

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