クラウドはどのように進化していくのか?(後編)賢者の意志決定(2/2 ページ)

» 2010年08月24日 08時00分 公開
[中村輝雄,ITmedia]
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6.今後、クラウド提供者は多様化していく

 これまでにクラウドの3つの利用形態を見てきた。クラウド1.0は最も基本的なクラウドの使い方だった。社外のシステム、特にWebサイトはクラウド1.0に最も適した事例だった。しかし、クラウド1.0では社内システムとの連携ができなかった。

 そこで、クラウド1.1では、ユーザー企業とクラウドセンターをVPNで接続し、クラウドのVMに社内のネットワークアドレスを割り当て、VMを社内のネットワークに接続した。これにより、社内システムとクラウドとが双方向で連携できるようになった。

 最後に紹介したクラウド1.5では、クラウドが不得手だといわれているリアルタイム処理やバッチ処理、さらにハード制御を可能にした。ベストエフォートではなく、CPUやストレージI/O、ネットワークの性能を保証するところまでクラウドは進化しているのだ。

 ところで、こうしたクラウド1.0、1.1、1.5はすべて単一のクラウド業者から提供されるものなのだろうか。その質問に回答するのは現時点では難しいが、筆者の回答は「No!」だ。これは以下の考察から導き出した予想だ。

(1) クラウド1.0の最大の売りは、安くて簡単にVMが利用できることだ。そのためには、クラウド1.0のサービス提供者は、世界中のユーザーを対象として、できるだけ均一なサービスを提供することになる。決して、「あなただけの個別サービス」を提供することはないだろう。SEを必要とするサービスを提供すれば、その分コスト高になって安くVMを提供できなくなるからだ。

(2) クラウド1.1では、VPN接続をサービスとして提供する。VPNの接続方式が画一的なものであれば、クラウド1.0のサービス提供者でも提供できる。しかし、筆者の経験では、VPNの接続方式はユーザーごとに個別対応が求められる。例えば、ファイアウォールで何番のポートに対して、どのアドレスからのパケットを通すのかといった設定が求められるといった具合だ。このため、SEがユーザーと会話することが必要になる。従って、こうしたきめ細かなサービスは、クラウド1.5のサービス提供者しか提供できないだろう。

(3) クラウド1.5では、個々のユーザーごとにサポート部隊を割り当てる必要がある。なぜなら、ファイアウォールやロードバランサの設定について、ユーザーへの問い合わせが必要だからだ。さらに、性能保証をするためには、VMで走らせる個々のアプリケーションの特性を理解する必要がある。そのためにも、サポート部隊がユーザーからヒアリングを行い、システムを構成する複数のVMを最適なクラスタに配置しなければならない。これは、オペレーターの単純な設定作業を超えたSEのシステム構築作業だ。クラウド1.5は、1.0や1.1と違って手間の掛かるサービスなのだ。このため、クラウド1.5は、「クラウドという雲のすき間から人を垣間見ることができるサービス」と例えることができる。

7.多様化したクラウドをシームレスにつなげたい 【クラウド2.0】

 さて、クラウド業者は今後2つの方向に向かうと予想した。1つは、クラウド1.0を得意とする非常に安価なクラウドを提供するクラウド業者、もう1つは、ユーザーごとにSEを割り当てて性能保証に踏み込むクラウド業者だ。今のIT業界の勢力からすれば、前者がキャリア系、後者がメーカー系となるのかもしれない。いや、いまはそういった先入観は捨てよう。クラウドで誰もが予想しなかったもっと劇的なIT業界の再編が起こるかもしれないからだ。

 とはいえ、それぞれの得意分野に絞った複数のクラウド業者が登場することだけは確かだ。この時、ユーザーはどういう選択をするのだろうか。これまでの筆者の経験からすれば、ユーザーは次の3つのシステム――ユーザー自身が所有するオンプレミスなシステム、クラウド1.0のクラウドセンターで稼働するシステム、クラウド1.5のクラウドセンターで稼働するシステム――を利用することになるだろう。それは、ユーザーが所有あるいは運用に掛かるコストを最小化しようとすれば、必然的な結果だといえる。

 例えば、世界十数カ箇所に拠点を持つ会社を想定しよう(図10)。各拠点は数名程度なので、それぞれの拠点でIT設備を所有したくない。そこで、この会社では、それぞれの拠点は、それぞれの国のクラウド1.0のセンターに自分たちのサーバを預けることにする。

図10 図10 オンプレミスと複数のクラウドを使い分ける

 その結果、本社は、それぞれのクラウド1.0のセンターからデータを収集することになる。しかし、ここで問題が生じる。それは、本社サイドは、必ずしも各国のクラウドセンターの事情を分かっているわけではない。しかも、クラウド業者が違えば、データの収集方法も変わってくる。そこで、本社サイドでは、各国のクラウド業者との調整を自国のクラウド1.5の業者に任せることにする。クラウド1.5の業者は、各国の業者とデータ収集の方法を調整し、毎日、各国から情報を収集してはバッチで集計する。そして、その結果をVPN接続されたユーザーのオンプレミスの業務システムに転送するのだ。

 さて、このクラウド1.5の業者のサービスは何なのか。バッチ処理を実行するクラウド1.5のサービス“だけ”を提供しているわけではない。各国のクラウド業者と連携して、それぞれのクラウドセンターから情報を収集し、加工した後、その結果をユーザーに転送するサービスを提供しているのだ。つまり、複数のクラウドを組み合わせた――言い換えればマッシュアップした――サービスを提供しているのだ。

 筆者は、そうしたクラウドの利用形態を「クラウド2.0」と呼んでいる。クラウド2.0では、オンプレミスのシステムと複数のクラウドに分散したシステムを統合してくれる。そのサービスは、図10に示したデータの収集や加工だけではない。それぞれのクラウドセンターで動いているVMの運用監視や、クラウドセンターごとに発行されるIDの統合管理といったオプションも用意されるだろう。さらに、クラウドセンターで動いているVMを別のクラウドセンターに引っ越すことも支援してくれるだろう。クラウド2.0が登場してはじめて、既存のシステムを本格的にクラウドに移行できるようになるのだ。

8.おわりに

 筆者は、2007年1月に国内で最初のクラウドサービス「SecureOnline」を立ち上げた。そして、これまでに250社にのぼるお客様にSecureOnlineのクラウドサービスを提供してきた。SecureOnlineは、本稿の定義で言えば、すでにクラウド1.5のレベルに到達した。そのため、本稿では、これまでのSecureOnlineの実例を取り上げる形で、クラウドの進化を解説した。

 それでも、SecureOnlineは、まだクラウド2.0のレベルに達していない。図10のように、米国の有名なパブリッククラウドとSecureOnlineとを連携した事例はあるが、分散したVMの運用監視やクラウドセンターごとに発行されるIDの統合管理はまだ実現できていない。しかし、1年以内にそうしたサービスを提供できるようにしたい。

 最後に、本稿を終えるに当たり、もう一度言いたい。それは、「クラウドは、インターネットが登場して以来のIT革命だ」ということだ。ぜひ、読者の皆さんにその意味を理解していただきたい。そして、筆者とともに、これからの劇的な変化、でもワクワクするだろう変化を一緒に享受したい。皆さんと、クラウド元年という節目の年に、われわれがいかに成長できるのか。皆さんが、できるだけ早く、ご自身のシステムをクラウドに移行してもらいたい。クラウドの可能性を信じて。

著者プロフィール:中村 輝雄(なかむら てるお)

日立ソフトウェアエンジニアリング株式会社

セキュリティサービス本部本部長 SecureOnline主席アーキテクト

京都大学数学科の時に、数学基礎論を使ったプログラムの正当性や停止性の証明、プログラム合成の基礎理論を学ぶ。1983年、日立ソフト入社。人工知能で使われるプログラミング言語Lisp処理系を開発・商品化。1987年、社費で英国エディンバラ大学人工知能学科に留学、1990年、階層型プロダクションシステムで修士号を取得。

帰国後、インターネット、Javaとその時々の最先端技術を活用したビジネスに従事。さらに、内部統制ビジネスを手がけた後、2006年、まだ「クラウド」という言葉がなかった時代に、VMを月額でレンタルするというビジネスを考案。2007年1月に開設した「セキュアオンライン」の事業責任者であり主席アーキテクト。趣味はお酒と、昨年から息子がプレーする高校ラグビー部の試合観戦。

近著は「クラウドで会社をよくした13社〜中堅・中小企業の導入事例」(リックテレコム)。


ベストな意思決定を行うために必要なのは、世の中の潮流をしっかりと見極めることである。評論家が決して口にすることがない現実を、ITmediaが認めた第一人者たちが語る「賢者の意志決定」はこちら。




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