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» 2010年11月17日 12時00分 UPDATE

ITmedia エンタープライズ書評:ブラックスワンとグローバル経済圏の未来

「ITmedia エンタープライズ書評」第1回は世界を経済的な観点から分析する書籍3冊をご紹介します。ITの効果的なビジネス活用を模索するうえで、必ずや皆さんをお助けするであろう叡智(えいち)に満ちた3冊です。なお、本記事でご紹介する書籍は、抽選でそれぞれを3名の方にプレゼントさせていただきます。詳しくは記事下の応募欄をご覧ください。

[谷古宇浩司,ITmedia]

書籍プレゼントのお知らせ

今回ご紹介する3冊、『大いなる不安定』『帝国以後』『資本主義から市民主義へ』を抽選でそれぞれ3名様にプレゼントします。ご希望の方は、記事下のフォームよりご応募ください。


「黒い白鳥」と「白い白鳥」

 「ブームはどの時点ではじまったのだろうか」。ヌリエル・ルービニとスティーブン・ミームの「大いなる不安定」はこのような書き出しで始まります。

 この本に記述されている文章は、2008年頃に発生し、いまだに世界経済を揺るがし続けている金融危機の経過を浮き彫りにしています。丹念に収集された膨大な事実の群れと、冷静な思索に裏打ちされた説得力のある分析の数々が、彼らの紡ぐ物語に信頼感を与えています。

 ルービニとミームが冒頭で表明した疑念は、歴史という物語を後世に伝える者が常に持ち続ける宿痾(しゅくあ)のようなものです。厳密な意味で始まりというものはないし、終わりもありません。因果の系列が明らかになることもまたないのです。わたしたちは彼らのような優れた語り手の話を聞き、あるいはその著述を目にすることで生じるそれぞれの幻想を生きているだけなのかもしれません。

 ともあれ。ルービニとミームが「大いなる不安定」という言葉に託して、この本で訴えかけようとしたのは、黒い白鳥(ブラックスワン)は白い白鳥になりうるということでした。世界を揺るがす金融危機(資産のバブルとバスト)の発生頻度はこれまで一世紀に一度かニ度程度だと考えられてきました。しかし、21世紀はその頻度を加速させる。ブラックスワンの数が増えれば、突然変異の衝撃は軽減します。だからといって、彼らが運ぶ災厄(あるいは祝福)の威力が緩まるわけではないのですが。

 「グローバル化」という言葉が彼らの予測を裏付ける役割を果たします。財とサービスの交易は一段と国際的になり、労働者の移住や情報の普及も「グローバル化」している。金融危機の発生頻度が増加すると、社会や政治は不安定になり、グローバル化に対する反動が生まれる可能性があります。反動は「保護主義貿易政策」「海外からの直接投資を制限する金融保護政策」「資本取引規制」「自由市場推進政策に対する幅広い拒絶」といった形を取るかもしれない。11月14日に閉幕したアジア太平洋経済協力会議(APEC)の主題もまさにそれでした。

経済的支配圏成立の原因は政治的・軍事的なものか

 「帝国以後」という本には、アメリカ合衆国の帝国的覇権終焉「後」の世界情勢が描かれています。筆者はフランスの歴史人口学者・家族人類学者 エマニュエル・トッド。アントニ・ネグリとマイケル・ハートの「帝国」概念を援用しつつ、人口動態というユニークな切り口から世界の動きを理詰めで解説していきます。

 トッドはアメリカ合衆国による経済的支配圏の成立要因を、政治的・軍事的なものだと指摘しています。つまり、必ずしも経済的優位性だけに起因するものではないと言っている。少し長いですが、彼の言葉を引用します。

 ところがアテネから出発するにせよ、ローマから出発するにせよ、われわれとしては、グローバル化された世界経済の形成は、なんらかの政治的・軍事的過程の結果であること、そしてグローバル化された経済が見せるいくつかの奇妙な点は、システムの政治的・軍事的側面を参照するのでなければ説明がつかないことに、気付かないわけには行かないのである

 ローマの政治的支配によって地中海経済は「グローバル化」されました。その結果ローマは、支配圏全域から金銭的資源を徴集し、大量の食料品と加工製品を輸入することが可能となりました。

 アメリカ合衆国の2009年度の経常収支は4198億ドルの赤字です。トッドが喝破するように、世界はもはや、(極端に言えば)アメリカ合衆国の消費を支えるために生産をするという構造になっている。アメリカ・システム(エマニュエル・トッド)の中で、アメリカの果たす使命は生産ではなく、消費なのだと彼は言うわけです。

 トッドの分析は力強い説得力に満ちています。しかし、この数年で世界の様相はかなり変わりました。「帝国以後」がフランスで出版されたのは2002年9月です。いまから8年前。ワシントン・コンセンサスは力を失い、「北京コンセンサス」なる新しい帝国秩序のイデオロギーが胚胎しています。

 グローバル化された経済圏は、政治的・軍事的な要因によって形成される。トッドが言うように、アメリカ合衆国を旗頭(はたがしら)とした、自由競争の原理に基づく資本主義体制は、その正統性を失いつつあるように見えます。

 中国は現在、専制的な体制を維持したまま資本主義の利益を手にする統治モデルを世界に示しています。ケンブリッジ大学 上級研究員のステファン・ハルパーは日本経済新聞のインタビューに答えて、中国の統治システムを「市場型権威主義」と名付けています(日本経済新聞 10月20日「民主主義を考える」)。

資本主義の形態が変わる時代

 資本主義の形態が変わる時代をわたしたちは生きているのでしょうか。「資本主義から市民主義へ」という本の中で、経済学者の岩井克人は三浦雅士の質問に答えて、以下のような発言をしています。

 もはや人類は資本主義の枠組みから逃れられません。IT革命やグローバル化や金融革命などは、資本主義の枠組みのなかでの資本主義の形態変化――つまり、産業資本主義からポスト産業資本主義への変化――によって生み出されたものであるというのが、ぼくの考えです

 岩井克人は技術決定論を退ける学者です。つまり、IT革命などの技術の大きな変化が社会の変化をもたらすという主張を否定する。どのような技術革新の進化に際会しようとも、わたしたちは資本主義の呪縛から逃れて社会システムを構築したり、運営したりしていくことはできない。グローバル化も情報革命も、そして、金融革命も、差異そのものをあからさまに追い求めるという資本主義の姿勢以外は示していないと岩井は主張します。利潤は差異からしか生まれません。わたしたちは、差異を生み出す方法の工夫をしているだけで、人間として生きている限り、資本主義という目に見えない檻からはけっして外に出られないのです。

 アメリカ「帝国」が没落し、中国「帝国」が世界の経済的覇権を握る時代――。そんな時代の到来をわたしたちはそれなりの現実感を持って迎えつつあります。エマニュエル・トッドの指摘が正しいならば、中国の経済的覇権は、政治的・軍事的覇権の成果であるといえます。

 資本主義とは単に差異性から利潤を生み出すシステムに過ぎません。かつて、ソ連や中国、東ドイツが採用した社会主義は、岩井に言わせれば、産業資本主義のイデオロギーに過ぎなかったマルクス経済学の悲惨な帰結です。人間には剰余価値を生み出す能力が内在的に備わっているわけではありません。人間は他者との関係性が生み出す差異において初めて価値を作り出す存在であり、その意味で資本主義の根本原理と軌を一にする存在であると言えます。中央集権管理によって、一国の経済を1つの機械工場のように運営する社会主義思想は、他の国家との関係性によって生じる差異に無自覚であるという点で、差異だけが利潤を生むという資本主義の根本原理を無視した無謀な企てでした。

 かつての社会主義国家である中国やロシアは、しかし、金融危機で壊滅的な打撃を被ったアメリカ合衆国主導の自由主義経済思想とリベラルな民主主義統治システムを尻目に、独自の専制的統治システムによって資本主義経済圏の中で年々存在感を強めています。

 以上、今回ご紹介した3冊には、情報技術のトレンドを探る上で必須となる世界の経済情勢が的確にまとめられています。ただし、それぞれの本が見据える射程は違う。金融危機という現象を記述した「大いなる不安定」、来るべき世界秩序を予測した「帝国以後」、そして、資本主義の根本原理を問う「資本主義から市民主義へ」。原理まで突き詰めると、いままで判然としなかった現象の意味が明らかになる時があります。

 読書という行為に効用があるとすれば(わたしはあると思いますけど)、それは書き手の思考のうねりを追体験し、自らの思索をドライブさせることができるという点にあると思います。書き続けなければ分からないことがあるように、読み続けなければ見えてこないものがあります。それはちょうどマラソンのように、時にはたいへん過酷かもしれませんが、得られるものもまた格別なのです。それゆえ、それなりに歯ごたえのある本を選び、たっぷり時間をかけて読みふけることが大切だとわたしは思っています。

 なお、今回ご紹介した3冊をそれぞれ抽選で3名さまにプレゼントいたします。奮ってご応募ください。

プレゼントの発送は、応募期間終了後となります。多少遅れる場合もございます。また、お届け日の指定はできかねますのでご了承ください。
募集要項
応募期間 2010年11月17日(水) 〜 2010年11月30日(火)
応募条件 アイティメディアIDの登録ユーザー
当選発表 当選された方への賞品の発送をもって、発表にかえさせていただきます
応募上の諸注意 ・キャンペーン期間中にアイティメディアIDの登録を削除された方は対象に含まれません
・当選者の権利は譲渡・換金・変更することはできません
・厳正な抽選の上、当選者の方へ賞品を発送いたします。なお、賞品のお届け先は日本国内に限らせていただきます。抽選と発送は2010年12月中旬の予定です
・お預かりした個人情報は、アイティメディアIDの利用規約とアイティメディア株式会社の「プライバシーポリシー」に基づいて厳重にお取り扱いいたします
・住所・電話番号などが不明確な場合や、転居による住所変更や電話番号変更など、なんらかの理由により賞品がお届けできない場合は当選を無効とさせていただきます
・ご応募はお一人様1回限りとさせて頂きます。2回以上ご応募された方は、抽選対象外とさせていただきますのでご了承ください

※アイティメディアIDに登録済みの方でも、はじめて応募する方はプレゼント賞品発送のために連絡先情報の追加登録をお願いする場合があります。

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