ニュース
» 2010年12月22日 08時00分 UPDATE

伴大作の木漏れ日:クラウドの主流はパブリックへ――崩壊する日本独自基準

クラウドムーブメントの結論はパブリッククラウドである。この流れに逆らうのは、既得権益を手放したくない抵抗勢力だといえよう。

[伴大作,ITmedia]

 日本IBMは2010年11月29日、同社が提供するパブリッククラウド(本稿では便宜的に“IBMクラウド”とする)の概要を発表した。米国では既にサービスが開始されて半年を過ぎているそうだが、日本では今回の発表で、スタートを切ることになる。パブリックvsプライベートと、クラウドの主流がどちらになるかで各社の姿勢は異なっているが、そもそもユーザーにとって、どちらのクラウドが真のメリットをもたらすかについて考えたい。

日本IBM橋本社長が語る

 日本IBMの橋本社長は、就任以来およそ2年を経過するが、今回の発表で自ら明らかにしたように、個別のサービスや製品の発表会に出席するのは、私が知る限り、今回が初めてだ。

 さまざまなビジネスユニットを持つ日本IBMでは、社長がどの部門の発表会に出席するかで発表の重要性が測られたり、外部からうかがわれたりすることを嫌ってのことかもしれない。ともかく、社長抜きの製品、サービス発表会が慣例化していたわけだ。

 それだけに、IBMクラウドの発表は、慣例を破るほどの重要性があるというメッセージが込められていると判断してよいだろう。ではなぜ、彼が慣例を破ってまで、出席に踏み切ったのだろうか?

米国よりサービス開始が遅れた理由

 今回の発表で、IBMクラウドが米国より大幅に遅れて開始された事情について、橋本社長自身が明らかにした。

 「日本では他の欧米諸国と違い、プライベートクラウドへの指向が強く、それがIBMクラウドの開始を遅らせた要因だ」と橋本社長は語る。でも、果たしてそうなのだろうか。

 僕は、日本IBMの営業サイドが、従来からの営業方針を大きく変えることを嫌ったからではないかと推測する。彼らはこれまで、「プライベートクラウド」と称する高性能コンピュータを売ろうとしてきたのではないだろうか。本来、クラウドはハードやソフトを実際に購入するのではなく、サービスとして購入するのが趣旨。だが、それでは大きな売り上げにつながらない。結果が出ている営業マンほど、そんなことを認めるはずがないというのが、僕の見方だ。

 しかし残念ながら、ユーザーはクラウドの本質を見抜いていて、営業マンの言いなりには決してならない。高性能コンピュータをクラウドとして販売する「羊頭狗肉」は受け入れられなかったのだ。

 おそらく日本IBM社内でも、この問題に関し、活発な議論があったのだろう。その結果、米国側が進めるIBMクラウドが日の目を浴びた。橋本社長の出席は、それを象徴する出来ごとではなかったかと、僕は推測する。

日本独自の文化にしがみ付くコンピュータユーザー

 日本のコンピュータ市場が海外と比べて、独特の市場構造であることは良く知られている。その原因を突き詰めると、日本のコンピュータユーザーの特異性に行き当たる。

 この数年、僕は欧米の企業のシステム開発の実情を調べてきた。その結果、米国のユーザーは自らシステム開発を行っている企業の比率が、日本と比べてはるかに多いことが分かった。つまり、欧米企業のシステム開発に関する限り、ユーザーがイニシアチブを握っているということだ。それに対し、日本では、歴史的にベンダーへの依存度が高く、そのうえ近年では、情報処理部門のコスト削減が強く求められ、外部依存度がより高まっている。

 そうなると、もっとコストの安いシステムへ移行するはずなのだが、移行のわずらわしさとか、それを断行できるスタッフの不在などの理由で、とっくの昔に置き換わっていなければならないメインフレームが、後生大事に拝まれ続けている。

 結果として、日本のユーザーは、グローバルなICTトレンド(オープン化、Webコンピューティング)に背を向け、ベンダーが独占的な地位を発揮する固有のメインフレームに依存し続けざるを得ないわけだ。システム構築の枢要をSIerに握られていては、日本企業のICTコスト低減などありえない。

日本独自の業界構造が変化を妨げる

 コンピュータの性能は毎年劇的に向上する。一方、価格は急速に低下する。本来なら、この恩恵に最も浴するのはユーザーであるはずだが、実際にはそうなっていない。

 ハードウェアの価格が低下すれば、経営サイドは情報システム関連の予算を削減しようとする。多くの経営者は情報システムに要する費用は「コスト」であり、企業成長のための投資だとはみなしていないからだ。もちろん、ハードウェアの価格低下は情報システム予算の一部に過ぎないが、最も典型的なコストなので、目立ってしまう。

 結果、ハードウェアを(価格が低下した)最新の製品に置き換えると、情報システム予算は削減される。実際僕は、20年ほど前に、メインフレームからAS/400への移行を手伝ったユーザーから感謝されたことがある。

 また、新しいシステムに対応できない人材は、配置転換の対象となる。これまで特別待遇を受けていた人達にとって、それはあまりに過酷だという配慮が働く。そのような理由から、多くのユーザーは、ハードウェアだけを最新のモデルに入れ替えてお茶をにごすという道を選ぶ。それが「プライベートクラウド」を推進しようとするモメンタムになっている。

 しかしビジネスの現場では、日本国内の商慣習がいつまでも通用するわけもなく、競争のグローバル化が進んでいる。それに伴い、ICT分野も世界的な標準と競争に巻き込まれてしまった。既にコンピュータベンダーの合従連衡が進み、大手と呼ばれる企業はIBM、HP、Oracle、Dellの4社にまで減少した。メインフレームの分野に、IBMを含め4社が存在すること自体が異常なのだ。

 クラウド的なサービスが出現した頃は、Googleの誕生と時を同じくしており、一部のマニア向けという理解がなされてもしようがなかった。当時は、クラウドを支える最も重要なテクノロジーであるネットワークが弱体だったからだ。しかし、その後IBMが参入し、AmazonがEC2のサービスを開始。そしてSaleForce.comが大成功を収めた後、多くの会社が参入するようになり、コンピュータテクノロジーのベーシックトレンドとなった。これらはいずれも、パブリッククラウドだ。

パブリッククラウドに対する正統な評価

 現在のパブリッククラウドテクノロジーは、本格的なビジネスユースにも耐えられる段階まで進化してきた(典型的なケースが、リモートデスクトップとExchange Serverのようなコミュニケーション分野)。

 また、広帯域ネットワークが有線から無線に広がってきたことも、クラウドを後押しする大きな要因となった。スマートフォンの誕生は、携帯電話における音声以外のサービスを、主役の座に押し上げた。アップルのiTunes StoreやApp Storeはクラウドテクノロジーなしでは運用不可能だ。

 このように、現在は“クラウド=コンシューマー対象”と見られがちだが、多くの人に使用され、磨き上げられたテクノロジーが、一般企業で使用に耐えないというのは「単なる言いがかり」に過ぎない。せいぜい数万人が利用する小さな組織単位で構築するアプリケーションの方が、セキュリティなどの面で脆弱な場合が多い。そう認識するほうが正しい。

 今後は、個々の企業で共通するアプリケーションをネットワーク上の共通サーバで運用するというのが「時代の流れ」として正しいのだ。従って、クラウドムーブメントの最もオーソドックスな結論はパブリッククラウドであると考えるべきだ。

 このような、少し考えれば当然の結論にさえ、反対する人々が存在する。そういった人々は、時代の流れに逆らっているのだ。日本のコンピュータベンダーやユーザーは「既得権益」を手放したくないだけなのである。たとえ、それにより自らの企業が危機に瀕する結果になろうとも。

Copyright© 2017 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ピックアップコンテンツ

- PR -

注目のテーマ

マーケット解説

- PR -