リーダーシップと実現力 今の日本にあるべきリーダー像

「立場を利用した命令では人は動かない」 協和発酵キリン・松田社長リーダーシップと実現力(2/3 ページ)

» 2011年01月11日 08時00分 公開
[伏見学,ITmedia]

命令で人は動かせない

 そうした思いを胸に秘めていた松田氏に大きな転機が訪れる。2000年に医薬総合研究所の所長に抜擢されるや否や、これまで組織が抱えていた問題の膿みを一気に吐き出させるかのように、松田氏は次々と組織改革を断行していく。

 具体的には、数十名の研究員に対して研究テーマの変更を言い渡すとともに、研究員の部署異動を積極的に行い、組織における人員の流動性を活発にした。組織の壁を壊して、これまでばらばらに動いていた研究員同士を交流させ、部門をまたいで業務に当たらせるような組織を目指したのである。

 長年1つの研究に従事してきた研究員にとって、研究テーマや担当部門を自らの意思に反して変えられることはこの上ない痛みであり、当然のように研究所の中で大きな反発を招いた。「こうしたときこそ、リーダーはじっくり丁寧にメンバーと向き合わなければならない」――。反発する研究員たちに対して、松田氏は時間をかけて徹底的に話し合った。

「立場だけの命令では、人は絶対に納得して動かない。例えば、研究テーマを変更するのであれば、その理由と必要性、さらにはその先にあるビジョンを明確に示して、後は当事者と根を詰めて話し合うしかない」(松田氏)

 ただし、話し合うといっても、上から一方的にまくしたててしまうのは逆効果だ。松田氏は、現状認識と目指すべきゴールの2点しか話さず、それ以外は研究員たちの言い分などをとにかく親身になって、すべて聞いてやろうという姿勢を貫いた。その中でお互いの価値観やビジョンを共有していったのである。各メンバーとの話し合いのために注いだ時間は、1人当たり10時間以上。さらに多くの時間を割いた研究員もいる。彼らが納得するまで、毎日2時間でも3時間でもとことん時間をかけた。

「研究員たちは自身の研究に誇りを持っている。専門性を生かして数多くの業績も上げてきた。彼らのそうしたバックグランドをきちんと理解するためには、10分や20分の話し合いなどではとても足りない」(松田氏)

 丁寧に、時間をかければかけるほど、非常に力強い組織が生まれると松田氏は語る。それが組織改革のコツだ。研究所長という立場を利用し「会社の方針だから、こうしろ、ああしろ」と言うのは、決してリーダーシップとは呼べないという。

築き上げたキャリアを捨て去る

 研究所長として組織改革の旗を振るとともに、一人の研究者として充実した日々を送っていた松田氏に、2002年、青天の霹靂ともいえる辞令が下る。総合企画室への異動である。入社以来、54歳まで研究者一筋で、「研究所長としてサラリーマン人生を終えるのが最も好ましい」と考えていた松田氏は、この異動に大きなショックを受ける。

 しかしほどなくして、総合企画室が会社全体の司令塔であり、会社の経営課題についてリーダーシップを発揮する場所であることに気付く。「中途半端な姿勢では駄目だ、使命感を持って臨まねばならない」――。松田氏は、研究者としての実績や成果など自らの過去をすべて断ち切るべく、いざ異動で研究所長室を出る際に、長年ぼろぼろになるまで読み込んだ専門書や学術書をすべて段ボール箱に詰め込んで焼却した。

 「自分自身にけじめがついていなければ誰もついてこない。研究者としてのキャリアは捨てたという思いで異動した」と松田氏は振り返る。実際に、今では人から尋ねられても研究者時代の実績などを口にすることはほとんどないという。

 松田氏のこのような力強い意思決定の背景には、これまでの経験に基づく、あるいはさまざまな人々と接する中で確立したリーダーシップに対する考え方がある。その1つが「身のこなし方」である。リーダーシップとは、組織の上に立つ人がどういう行動をするか、いかなる身のこなし方をするかに大きく依存するという。

「毎日言うことが変わるとか、言うこととやることが違うような軸足のふらついたリーダーは誰も信用しない。周囲の上司や先輩などを見て素晴らしいリーダーシップを発揮しているなと感じる人の多くは、軸がぶれず、自分に対して厳しく、覚悟を持って仕事に臨んでいるような身のこなし方をするものだ」(松田氏)

 このことが、経営を担うリーダーとして松田氏が躊躇なく過去と決別できた大きな要因である。

 なお、松田氏が理想とするリーダー像は、土光敏夫、石田礼助、石坂泰三といった明治生まれの名だたる経営者である。「彼らは決して軸足がぶれなかったし、強い信念を貫いていた。非の打ち所がない、まさに私の理想とする身のこなし方だった」と松田氏は力を込める。

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