【第1回】過去の成功からの脱却を目指すウォルマート未来のために働くIT部門となれ(2/2 ページ)

» 2011年08月03日 08時00分 公開
[松元貴志,A.T. カーニー]
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ウォルマートからの学び

 ウォルマートの80〜90年代のIT投資は、売り上げデータから売れ筋商品を見つけ出し、欠品を防いで売り上げを最大化することと、同様に死に筋商品を見つけ出し、過剰在庫を抑制することが一つの柱であり、これで大きな利益をもたらした。それまで、各店舗の店長やバイヤーの勘に頼っていた在庫コントロールを、ITの力で本社がシステマティックに管理できるようにしたことが成功のポイントだった。

 今日のウォルマートでは、ITシステムの約90%は全世界共通のものを活用している。これにより、中央から全店舗のシステムを管理できるだけでなく、ITコストを業界平均よりはるかに低く抑えることに成功している。IT集中化の度合いが低い競合企業が売り上げの1%以上をITに費やしている中、ウォルマートのITコストは売り上げの0.5%を大きく下回っているのである。

 ウォルマートのビジネス上の強みをもたらすだけでなく、ITコストの効率化をももたらしたという成功体験は、ウォルマートの幹部に「中央集権的なITこそがウォルマートの強みであり、これを強化し続けることが将来の成功を約束する」との信念を植え付けてきた。

 また、ウォルマートのデータウェアハウス(DWH)は900テラバイトもの容量を持ち、POSシステムから得られた来店客の購買情報を2年分も丸々保持できる。ウォルマートの社員は、顧客がいつ何を買っているのかについて、詳細な分析がいつでもできる環境を与えられているのである。ウォルマートのボードメンバーの一人は、「われわれはすべてを蓄積する。データはビジネス成功の鍵だから」と語っている。中央ですべてのコントロールが可能であり、すべてのデータは中央に集まる。ウォルマートのIT戦略は磐石で、将来にわたって成功をもたらし続けるものに思われた。

 ところが、消費者はどんどん賢くなり、購買行動は変化していく。インターネットで価格を調べられるようになり、さらにそのままネットで買うことまでできるようになった。また、どの店の野菜の鮮度がいいとか、店員の応対が悪かったなどの情報も、場所と時間を越えて瞬く間に広がる。このような購買行動の変化は、最初は高所得者層から始まったが、より広範囲の所得層に急速に拡大していったのである。

 中央集権型のシステムを確立したウォルマートは、消費者の行動変化に合わせてITの活用を変化させる上で、出足が一歩遅れがちになってしまったと言えるだろう。

 アマゾンが、書籍からおもちゃ、エレクトロニクス、ソフトウェア、電化製品、キッチン用品まで含む450万アイテムまで取扱商品を拡大した1999年時点では、ウォルマートの本社がある米アーカンソー州・ベントンヴィルから見える“消費者のすべての購買情報”には、インターネットによる販売情報が十分に含まれていなかった可能性がある。ネット販売への対応が遅れたウォルマートでは、そもそもネット販売の実績情報が不足していた。また、世界最大規模を誇るウォルマートのスーパーセンターといえども、商品数は10万アイテム程度。アマゾンの450万アイテムには遠く及ばない。

 全米のすべての消費を見ていると考えていたウォルマートの幹部には、アマゾンが見ていたロングテールは見ることができなかったと思われる。これが2000年代にウォルマートがネット対応で出遅れた原因の1つであろう。

 しかし、アマゾンの躍進を黙って見過ごさないところが、ウォルマートのウォルマートたる所以である。ネットの潜在力の認識を改めたウォルマートの経営陣は、ここで一気に反転攻勢に出る。内部からの変化では対応が間に合わないと判断し、外部人材の登用、ソーシャル分野での先進企業の買収などを矢継ぎ早に繰り出し、社内の血を入れ替えたのである。これらの打ち手の効果はまだ評価できる段階にないが、株主総会にソーシャルメディアを取り入れるなど、確実に変化が起き始めている。

 ウォルマートの経験から学べることは、現状に過度に最適化することは硬直化の危険をはらんでいるということである。いったん作り上げたビジネスモデルを進化させ、効率化を追及し続けることは重要であるが、世の中の大きな変化があるときに思い切った変革を断行するには、定期的に未来を描く作業が必要となる。

 ウォルマートは、M&Aを生かして、未来志向を維持し続ける道を選んだ。では、あなたがM&Aの機会が少ない企業に属している場合、どうすればいいのだろう。

 次回は、内部から未来志向を作り出す方法を議論する。

著者プロフィール

松元 貴志(まつもと・たかし)

A.T. カーニー 戦略ITグループ マネージャー

1989年株式会社リクルート入社。インターネットベンチャーを経て、2002年A.T. カーニー入社。IT戦略・ ITマネジメント、企業変革・チェンジマネジメント、営業戦略・実行支援を中心に、多くの企業や金融機関を支援


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