【最終回】中堅・中小の飛躍に向けてまるごと! 中堅・中小企業とIT経営(2/2 ページ)

» 2011年10月13日 08時30分 公開
[春日丈実,三菱UFJリサーチ&コンサルティング]
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IT活用のポイント

 企業変革にITサービスを活用するにはどうしたらよいのか。ITサービスについては本連載の第1回で説明したが、ITサービス業界というのはまだ30年程度の歴史しかない。歴史が浅いということは業界慣行やルールなど明確になっていないし、現在も日々新しい技術やサービスが生み出され、何がこの世界の覇者もしくは標準になるのか、とても流動的なのである。1960年〜1980年代まではITサービス産業というよりはハードウェアを中心とした製造業、特に大企業を中心とした産業構造であった。ソフトウェアはハードウェアに付いてくる「おまけ」のような存在でしかなかった。

 それが1980年代以降はオープン化が進み、ハードウェアはどの企業が作っても大きな差はなくなり、ソフトウェアを中心とした産業構造になってきたのである。ソフトウェアは大企業でなくても作ることができ、このころからシステム開発を主な業とする企業が増えてくる。1990年代になるとインターネットが普及してきてネットワークの時代を迎える。2000年以降は中堅・中小企業においてもハードウェア(パソコン端末やプリンタ)、ソフト(会計管理や販売管理パッケージソフト)、ネットワーク(インターネットや無線LAN)が普及してきて、これらを全て包含した現在のITサービス産業となってきたのである。

 現在、クラウドコンピューティングが注目されている。この言葉が日本に登場したのは2008年である。日本経済新聞の記事に「クラウドコンピューティング」という言葉がいつ出てきたか調べてみたが、2007年は0件であった。2008年に初めて登場したが1年間での登場は4件のみであった。2009年に急激に増えて147件となり、2010年は319件にもなった(2010年はクラウド元年といわれるのも分かる)。2011年も8月までで230件とハイペースは継続している。これからもこのような新しいITサービスは開発・提供されていくことだろう。

 そこで、これらのITサービスの活用について1つの考え方を提示したい。1960年代から現代までITでできることは飛躍的に増え、ITにおける性能(処理速度や記憶容量)も飛躍的に伸びているが、私たち人間の行動(朝起きて会社に行き、仕事をして夜家に帰って寝るという)は基本的に数百年間も変わっていない。

 第2回で書いたが、定量データを集計したり加工したりするということについては、IT活用は積極的に進めるべきだと考えている。そうすることで計算スピードは何倍いや何千倍、何万倍と高めることができるだろう。しかし、人間の基本的な行動である、人と実際に会って話をしたり、考えたり、自分で何かを書いたり作ったりサービスを提供することは、効率的にやろうと思えばある程度はできるものの、何千倍、何万倍にすることは不可能である。ここがポイントではないであろうか。

 ITサービスは日々新しいものを提供している。中堅・中小企業においては、これらのITサービスを「ITでできること」、「人間でしかできないこと」という2つの軸で判断して、対象サービスがITでできることであり自社にとって有効であると判断できるのであれば積極的に導入するべきである。とはいえ、何が自社にとって有効であるか、ITサービスを導入すればどういった効果が得られるのか、ということは判断に迷うことであろう。

 本連載では今まで4回にわたり中堅・中小企業がITサービスを利用するときにどうしたらよいかという視点で説明してきた。ITサービスといってもどんなものがあり、どのシステム会社にお願いをすればいいのか(第1回)。ITサービスをどういうところに導入したらよいのか(第2回)。IT導入は難しいということは分かったが、どうしたらいいのか(第3回第4回)。これらを参考にして各社の付加価値増大、効率化にIT導入を役立ててほしい。

中堅・中小企業への提言

 労働生産性という言葉がある。投入した労働量(労働時間)に対してどれくらいの生産量(付加価値額)が得られたかを表す指標で、労働時間当たり付加価値を多く生んでいる場合には「労働生産性が高い」、という。この労働生産性が日本においては、米国の7割程度といわれており、今後労働人口が減っていく日本において経済成長を実現するためには、大きな課題となっている。

 (図表2-1)を見ていただきたい。これは業種別の中小企業と大企業の労働生産性を比較した図表である。これを見ると、中小企業の労働生産性は大企業と比べ全ての業種において低くなっていることが分かる。近年、競争環境が厳しいとはいえ、大企業の製造業は自動車メーカーや電機メーカーなど世界的にみてもまだ競争力はあるといえる。しかし、中小企業においては全ての業種でほぼ同じような労働生産性を示しており、国としても個別の中堅・中小企業としても労働生産性を伸ばすということは大きなテーマであり、伸び代(成長余地)は大いにある。

 図表の横軸は従業者数だが、国内生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口)の7割程度が中小企業で働いていることから、労働生産性を上げることができれば、多くの人がそのメリットを享受するとともに、国としての経済成長を実現できるはずである。

図表2-1 業種別・規模別の従業者数と労働生産性(出典:中小企業庁、「中小企業白書」2011年版) 図表2-1 業種別・規模別の従業者数と労働生産性(出典:中小企業庁、「中小企業白書」2011年版)

 労働生産性の向上のための取り組みについて2011年版の中小企業白書では、「顧客数拡大」、「顧客単価上昇」、「人材確保・育成」、「技術革新」などが非常に重要であると述べている。しかしこれらは、実施してから効果が出るまでに比較的時間がかかる。例えば、顧客数拡大については、色々な取組みをして1〜2年後に効果がある企業が5割程度いるものの、5年以上、もしくはまだ効果の実感がない企業も5割程度いる。

 IT化はどうであろうか。IT化の実施状況および実施した企業の効果は(図表2-2)を見ていただきたい。IT化の内訳を見てみると「パソコン導入」や「ネットワークへの接続」については7〜9割程度の企業が既に実施しているものの、「電子商取引の活用」や「クラウドコンピューティングの活用」についてはほとんどの中小企業でまだ実施していない。図表の右側には実施した企業の効果があるが、これを見ると全ての取組みにおいて1〜2年後に効果を実感した企業の割合が7割程度と高くなっている。このことから、中堅・中小企業においては電子商取引の活用、クラウドコンピューティングの活用などのIT化を行うことで比較的短期間で労働生産性を高める可能性が高いといえるのではないだろうか。

図表2-2 IT化の取り組みの実施状況と実施した企業の効果(出典:中小企業庁、「中小企業白書」2011年版) 図表2-2 IT化の取り組みの実施状況と実施した企業の効果(出典:中小企業庁、「中小企業白書」2011年版)

 筆者からの提言は、中堅・中小企業は労働生産性を上げることで企業変革を実現してほしい、そのためにITサービスを活用すべきということだ。電子商取引の活用やクラウドコンピューティングの活用は数多くあるITサービス活用のほんの一部であり、活用することが目的ではない。環境変化を認識し変化への対応を進める、その時にITサービス活用も1つの手段となるし、ITサービス活用はほかの施策に比べて効果を早く実感できるのである。


著者プロフィール

春日丈実(かすが たけみ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 チーフコンサルタント

筑波大学大学院経営システム科学修了。電子部品メーカー、ダイヤモンドビジネスコンサルティング(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)を経て、2006年1月より現職。業務改革支援、システム構築支援を中心に活動。内部統制(J-SOX)構築・運用支援では、顧客企業の業務プロセス改革支援、IT統制構築支援を中心にコンサルティングを実施。最近はIFRS(国際会計基準)コンサルティングを手がけている。



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