震災を乗り越えた東北大のスパコンが目指す未来ベクトルマシンの“次”を垣間みた(2/2 ページ)

» 2011年10月28日 08時00分 公開
[國谷武史,ITmedia]
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震災発生、その時……

 東北大のスーパーコンピュータは、学術研究や産学連携による研究のために、ほぼ24時間フル稼働の状態で運用されている。3月11日午後2時46分に東日本大震災が発生したその瞬間もフル稼働中だった。地震の発生直後に東北地方のほぼ全域が停電したため、スーパーコンピュータは全システムが停止した。「スーパーコンピュータのような大電力を使うシステムにはUPS(無停止電源装置)がないので、当日は対応しようにも対なす術がなかった」(小林センター長)という。

 サイバーサイエンスセンターで電気が復旧したのは、震災2日後の3月13日だった。市内中心部に近いことや、同センターが東北大の情報ネットワークの中枢であるため、学内でも最も早く復旧した。復電後の確認で、スーパーコンピュータにはメモリモジュールの不良などが見つかったがほぼ被害はなく、保守部品の交換で済んだ。

 震災後の対応として、同センターでは3月15日にまずログインサーバとファイルサーバの運用を再開し、学外のユーザーが解析データなどにアクセスできるようにした。24日には演算用サーバの運用も再開し、SX-9は全18ノード中2ノードから、スカラー型マシンは全6ノード中2ノードから稼働を始めた。再開後しばらくは、震災の影響で利用が少なく、東北電力による節電要請もあって縮退運転を継続した。

 4月11日に震度6弱の余震が発生して、システムが一時的に停止したが影響はなく、5月9日に100%稼働に戻った。なお4月の実利用者数は、震災の影響を受けて前年より28%減少し、CPU利用時間も34%減少した。現在では震災前と同じ稼働水準を取り戻している。

 なお東北大学全体の被害規模は、建物が概算で約448億円、研究機器などが約352億円。5つのキャンパスは市内中心部から西部の高台に位置するため、津波の影響はなかったが、校舎の柱が損壊したり、研究室内のコンピュータや実験機器などが損傷したりするなどの被害が出た。生物分野の試料も数多く失われたという。沿岸部の施設は地震と津波で壊滅的な被害を受けた。

 スーパーコンピュータのあるサイバーサイエンスセンター本館の建物は、1995年に建設され、マグニチュード7クラスに備える免震構造を採用していた。スーパーコンピュータは16ノードのSX-9が2階に、2ノードのSX-9と6ノードのスカラー型マシンが1階に置かれている。東日本大震災ではマグニチュード9.0が観測され、本館で想定された規模を上回るものだったが、壁に小さなヒビが生じた程度の軽微な被害にとどまっている。「地震の揺れによって上層階では事務用PCが落下したが、1階や2階ではほとんど被害が少なかったことが幸いだった」(小林センター長)という。

ベクトルスパコンの“その先”

 未曾有ともされる東日本大震災に耐えた東北大のベクトル型マシン。震災後のこれからは、どのように利用されていくのだろうか。小林センター長によれば、現在は震災に関するフィールド調査が全国で進められているとのこと。今後はベクトル型マシンが強みとする大規模シミュレーション利用して、各地の調査から得られた膨大なデータを基に、地震や津波のメカニズムの分析が行わることになりそうだ。

 そして、サイバーサイエンスセンターではベクトル型マシンの“使い勝手”を高める研究や、次世代マシンの実現するための技術研究にも取り組んでいる。

 前者は、文部科学省が進める「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)」構想の一環として、国内のベクトル型マシンを協調動作させ、より大規模な計算機リソースの提供を目指すもの。

 この研究で小林センター長は、東北大と仙台から約800キロ離れた大阪大学にあるそれぞれSX-9をJGN-Xの10Gbpsのネットワーク回線で接続し、離れた場所にベクトル型マシンが仮想的に1つのシステムとして動作するプロトタイプを開発した。LIMPACKベンチマークを用いた性能評価では、理論ピーク値に対する実行効率が51.3%という結果を得た。これは単独で稼働するGPU型マシンとほぼ同等だという。

 「将来は国立7大学のマシンをネットワークでつなぎ、ワンストップサービスとして利用できるようにしたい。ユーザーと“ES2”や“京”のような巨大なマシンを橋渡しするインフラを目指している」(小林センター長)とのことだ。

 また、後者の研究ではベクトル型マシン自体の実効性能のさらになる向上を目指している。ベクトル型マシンはメモリの転送能力に優れるが、それでもデータ量が増えていくと、チップの構造上の制約から転送能力が頭打ちとなってくるという。

 これを解決するために小林センター長は、チップの多層構造化やマルチコア化などによって、メモリ性能を最大限に高められるアーキテクチャの実現を追求している。現時点は「まだ論文レベル」(同氏)とのことだが、実装技術などについては一定のめどが付いているといい、近い将来に全く新しいベクトル型マシンが誕生する可能性が高い。

 小林センター長は、スーパーコンピュータのあり方について、「どんな研究テーマにも対応できるスーパーコンピュータは存在しない。アプリケーションごとに適したマシンを使い分けられる“多様性”を維持していくべきだ」と語っている。

1階には情報処理学会から認定を受けた「分散コンピュータ博物館」がある。右はサイバーサイエンスセンターのスパコンシステムの構成イメージ
東北大が導入した歴代のSXシリーズも一部が保存されている。2010年まで運用していた「SX-7C」と呼ばれる東北大オリジナルモデルも存在する
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