上司の命令――その時あなたはどう行動すべきか?えっホント!? コンプライアンスの勘所を知る(1/2 ページ)

時に職場では理不尽な命令と正義感が対立することがある。上司の思わぬ態度に部下はどう対処すべきか。意外な視点で考えてみたい。

» 2012年02月24日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]

 今回は業務の現場での事例として、実際に上司から指示が出た場合について考えてみる。通常なら、その指示は「業務指示」であり、部下はその通りに動く「義務」を負うものである。しかしその指示は、普通に考えると「きな臭い」指示であった。さて、どうすべきか。

全社統一のスローガン「工場の事故0件、2年完全達成に向けて全力で頑張ろう!」

 ある中堅の製造業A社は、全国の6つの工場で競い合い、さまざまなQC活動(Quality Controlの頭文字で「品質管理」のこと)などを通じて事故の撲滅を推進してきた。ところが横浜工場にて小さな、しかし確実にカウントすべき事故が発生した。すぐさま現場ではその改善策や防止策の具体的対策がとられ、大事には至らなかったのが不幸中の幸いであった。

 一応のめどがついた夕方に工場長、副工場長、該当の生産ラインの部長と課長、そして、事故を起こした従業員2人、この事故を知った関係者5人の計11人が会議室に集合することになった。それぞれの従業員は、今後の対応策として現場での操業の注意点などについての指示があるのだろうと考えていた。ところがその内容は、彼らの予想に反して全く違う内容の会議になった。

工場長 「本日の早朝に発生した事案ですが、幸いにも他のライン関係者には全く知られずに済んでいることを部長、課長が確認しています。しかも“事故”と呼べるほど、大きなものではありませんでした。そこで従業員の皆さんには、本件を事故としてカウントしないでもらいたい。この工場は操業以来、全国6つの工場にとって模範的な成績を残している。最も歴史が古く、創業者であられる○○名誉会長のご出身の工場であり、過去28年間無事故を達成してきた。本件のような軽微で、しかも2人の担当者のつまらない不注意が原因なので、組織の問題というよりは個人の問題である」

 「この報告を行うことにより、わが社の全社統一スローガンである“工場の事故0件、2年完全達成に向けて全力で頑張ろう!”を、全工場の模範とされているこの工場が破ったということは絶対に許されない。名誉会長も嘆き悲しむだろう。そしてなにより、そのペナルティはどのくらい大きな物になるか? 6年前にも和歌山工場で事故が発生した。事故を起こした担当者はいずれも3年間の賞与がゼロになった。実績評価もマイナスになり、出世はほぼ絶望的だ。管理者や工場長も大幅に減点され、直属の課長、部長は左遷となってしまった程である」

 「皆さんは、率先してこういう処遇をうけるような報告をするだろうか。軽微とはいえ、確かに事故は事故だ。でもはっきりとしておきたいのは、工場全体を揺さぶるようなことが原因ではなく、偶然にもそこにいた2人の作業者が同時に見落としたつまらない不注意でしかない。ぜひ工場長である私のメンツを潰さないでもらいたい。今まで一緒に苦労した仲ではないか。よろしく頼む。その方が皆さんにとっても大きなプラスになることはいうまでもない」

 こういう工場長の発言に当初は全員がびっくりした。だが、確かに原因はくだらないことだったし、このまま報告すると直接的な生産ラインである全員がペナルティを受けるのは明らかであった。結果的に全員が一致してかん口令を敷き、ダンマリを決め込んでしまった。

さて、あなたならどうする?

 工場長の発言は、明らかに社則に違反するし、コンプライアンス違反でもある。しかし法律に違反するかというなら、そういう問題ではない。それならこのままにした方が全員のためになるし、自分のためになる。そう思った読者はいないだろうか? ここで専門家であれば、もっともらしい理由をつけて「会社に報告すべきだ」と指摘するだろう。それが正論であり、もっともなことである。

 だが、少し深く分析してみると「そういうことができるのか?」と思うに違いない。この種の問題は、ペーパーテストや課題にグループを組んで回答を得るというものでは無いからだ。現実は、もっと複雑である。こういう場合、きちんと“筋”をつけて会社に報告するという行動が取れるだろうかという問題と、あなた一人が(立場は従業員でも課長でも部長でも同じ)そういう行動を起こしたら、その後に職場はどう変化していくのだろうかという、大きく2つの問題が発生する。

 まず1つ目の回答だが、議論には当然なるが、結論として、どのような立場にあったとしても、9割以上がその場でまず間違いなく受け入れてしまう。可能性が全くないということもないが、全員が「きちんと会社に報告してペナルティを受け入れる」と決まるということは、ほとんど期待できない。

 それは、従業員や管理者が“悪”ということではない。現実には、生活をやっと維持している人にとって、「賞与」の大幅な減額もしくは全くもらえないということは、あまりにも代償としては大きいからだ。

 また2つ目の回答であるが、もし全員一致ではなく、あなた個人の正義感で会社に通報したとするなら、その後はほぼ間違いなく「職場イジメ」に遭うと思っていた方がいい。この点は前回の記事でも取り上げたセクハラのケースで職場復帰を果たした女性と、同じような境遇に陥る可能性が高い。

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