マスコミ対応を疎かにしてはいけないワケえっホント!? コンプライアンスの勘所を知る(2/2 ページ)

» 2012年05月18日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]
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もし誠実な対応をしていたら

 過去の出来事に、「もし」と言及するのはご法度だが、あえて一連の時系列を再考してみると、廃業は避けられただろうと思えてくる。どんな出来事でも最初が肝心である。同社の経営陣がコンプライアンス経営を習得していたのなら、どうなっていただろうか。過去を探ってみよう。

 船場吉兆事件を要訳すると、3つの大きな事象が挙げられる。

  1. お菓子の消費期限の改ざん(2007年10月27日)
  2. 牛肉、地鶏の産地偽装(2007年11月9日
  3. 食べ残しの使い回し(2008年5月2日)

 ご存じない人も多いと思うが、この事件が明るみになったきっかけは「内部告発」である(詳細は朝日新聞記者が執筆した「ルポ内部告発:朝日新書刊」にある)。いずれについても経営陣は、「従業員が勝手に行った」「そういう事実はない」と会見で大きな嘘をついた。

 企業を経営していると、長い間のうちにどうしてもその事実を「隠したい」ということが出てくるものだ。最善策は、社内の体制を組み直し、慣習となった「当然の作業」の一つひとつを洗い出して、実は「当然」ではなく「極めて大きな恥部」であるという事実を理解する。そして発覚する前に改善してしまうことである。

 だがこれを行える企業はほんの一握りに過ぎない。大部分の企業は、それが世間に意図しない方法で知られてしまうケースが残念ながら多いのである。そうした場合に、コンプライアンス経営ではどう軸足を確保しながら、清々とした作業の指示を社員に与えるべきかが肝心となる。

 船場吉兆事件の例なら、消費期限の改ざんをパートの方々が主導したというのは、どうみても考えにくい。パートの方々の視点で考えると「益にならない」のだ。むしろ大きな違和感が生じる。記者会見などその場だけで経営者が取り繕っても、長い間そうしてきた従業員全員の口を封じることなどできるわけがない。冷静に考えればこういう結論に至るはずだ。そもそもこう考える以前の問題として、嘘を一度(しかもマスコミの前で)でもついてしまうと、後は奈落の底におちるしかない。そして事実が発覚するまで続く。

 経営者が考えるべきことは不適切な事実を隠すのではなく、自分自身が把握していなかった場合も含めて、状況を分析し、少しでも企業にとって「存続」「生き延びる」方策を探ることだ。それには誠心誠意、もし被害者がいるなら、「経営者こそ被害者」という考えを捨て、顧客やその関係者にお詫びすることと、早急な体制(調査委員会の設置や経営陣の退陣を含めて)を整えて速やかに発表することである。

 盲点だが、その際は上手にマスコミを利用するのが賢明である。なんだかんだといってもマスコミの影響力は極めて大きい。最初にマスコミを“味方”にできるなら、そんな素晴らしいことはない。コマーシャルなら数千万円もの効果になるのだ。「災い転じて福となす」のことわざではないが、上手に活用することを考えて発表すべきだろう。決して腹黒く謀略としてマスコミを利用するのではない。正々堂々と「事実」「悪かったところ」「今後の対応」「問題点」「被害者への救済措置」など、マスコミが聞きたいところなどを事前に十分検討し、その内容を精査する。できれば万人からみて「悪いことはきちんと認めているようだ、経営者は対策、改善のため全力で作業しているようだ」と理解される(当然ながら本当にそういう状況にする必要がある)努力をすべきなのだ。

 記者会見では服装、表情、言動全てが注目される。そうした中で論理的、合理的に、しかも冷たい態度を見せずに「一生懸命に対応しています」ということを示さなければならない。今ではマスコミ対応の専門家がビジネスになるほどのニーズがあるという。見せかけだけではメッキはすぐに剥がれるものだが形も大事である。形から入り、形を踏襲する。そして己の心でその真意をかみ砕き、消化していく――そういう意味では「茶道」や「華道」の精神と似たものといえる。「コンプライアンス経営」の真髄がここにあるのかもしれない。

萩原栄幸

一般社団法人「情報セキュリティ相談センター」事務局長、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、ネット情報セキュリティ研究会相談役、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格した実績も持つ。

情報セキュリティに関する講演や執筆を精力的にこなし、一般企業へも顧問やコンサルタント(システムエンジニアおよび情報セキュリティ一般など多岐に渡る実践的指導で有名)として活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。


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