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» 2012年05月25日 08時00分 公開

えっホント!? コンプライアンスの勘所を知る:高速ツアーバス事故にみるコンプライアンスの意味 (2/3)

[萩原栄幸,ITmedia]

3つの立場でみる要因

役所

 役所の担当者はそれぞれの持ち場でがんばっている。だがそこには、どうしても“心”がない。今回の事件ではバスを引き裂くことになった防音壁とガードレールと境目の問題について、以前からその危険性が指摘されていたにもかかわらず、「検討中」という名の「何もしません」がまかり通っていた。わざわざ車の慣性理論という難しい話をしなくても、運転経験がある人が少し考えれば、「これはまずい」と直感で理解できる。だが役所では戦前からの「何か事件・事故があってから……」という慣習がそのままになっている。

 また運転手一人の一日の運行距離は670キロまでとされ、報道の当初は「陸援隊はこれを守っていた」とされた。これは金沢〜東京の運行区間が500キロ余りだから“セーフ”ではなく、「一般道では運行距離を2倍として計算」するという指針に従えば約800キロとなり、違反に当たる。コンプライアンスがない運行会社なら、「計算上はオーバーするけど実距離がOKならね」と、受注価格(今回の事故は15万円)から経営的には2人で運行することなどあり得ないはずだ。だが、筆者はそんな枝葉末節な点を指摘するつもりはない。この指針にある670キロがどう決まったのか、そこに関心がある。

 この距離は、実にいい加減な判断で決定に決まったようだ。国交省の「貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」に掲載されているが、要訳すれば、貸切バス事業者からデータを提供してもらい、その走行距離の回帰分析した結果、1日の上限勤務時間を9時間とするなら670キロになった――ということだ。そしてこう注記がある。

 しかしながら、この乗務距離は、抽出した貸切バス事業者の運行実態を基に算出したものであり、運転者の健康面や生理学的な面での検討を行った上で算出したものではなく、また、この算出に当たって、労働協約等労使間の取決め、運転者や有識者の意見等は斟酌(しんしゃく)されていない。


 これについて総務省の某室長の発言にも、「670キロは必ずしも運転手の生理学的影響度合いを考えたものではなかった」とある。実際に規制を作成する立場の人間が、肝心の人間の生理学的論拠を議論することもなく机上の空論だけで決めるとは何たる慢心だろうか。極めて重大な問題だと思う。数字はいつも「独り歩き」する。常に専門家は、この危険を考慮しながら慎重に数字を一般に伝える必要があるのだ。

 こうなると、今までコンプライアンス上から運転手二人体制を厳格に敷いていた会社が、「監督官庁の指針でこうなっているし、経営上も苦しいのでもっと緩和したい」と意見すれば、監督側は抵抗しくにい環境になってしまう。そもそも担当者は自身で夜間の高速道路を運転した経験があるのだろうか。筆者は以前に石川県まで走行したことがあるが本当に疲れる。ツアーバスの運転手といえどもある意味、単に免許を持っているだけであり、長距離でしかも夜間を専門に運転するというプロではないし、その訓練をしているわけでもない。(この事故も初めての経験だったと運転手は語っている。それでも運転免許さえあれば法律上は問題がない)

 運転手はたくさんの命を預かる行為を仕事として全うしなければいけない。それが日当1万円のアルバイトとして……だれが考えても大変な行為であり、金額の問題は関係ない。人間は疲れていれば寝てしまう。だからこそ、その防御策として2人体制や居眠り防止装置などがあるのだ。この670キロ規制は命の問題であるのに、その点がほとんど検討されていなかったということである。机上の空論がどうしてまかり通ってしまうのか、筆者には理解できないのだ。

 それに前項でも触れたが、あまりにも行政処分が多い。これは根本的に考えを変えないと、状況が改善するとは思えない。こういった事業では中間業者を設けてはいけないとか、立場上から優位にある旅行企画会社が最終的な責任を負うようにするとか、運行会社に圧力をかけないとかいう部分も大事であり、それに加えて業界の仕組みそのものを抜本的に変える、そういう大ナタを役所が振るべきだろう。「どうすべきか?」で考える役人が全くいないように見える。

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