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» 2012年06月01日 08時00分 UPDATE

えっホント!? コンプライアンスの勘所を知る:世間では通用しない社内ルール (1/2)

「ちょっとおかしいけど、仕方ない」と思いながら受け入れている会社内のルールや上司からの指示は、コンプライアンスの観点ではどれだけ正当性があるものなのだろうか。

[萩原栄幸,ITmedia]

「うちの会社は普通」と思う従業員

 筆者はシステムエンジニアとして、始めのころは幾つかの会社を経験し、銀行に勤めてからも融資部や調査部とともにベンチャー企業や中堅企業の現場を観察する機会に恵まれた。現在はコンサルタントとして、やはりさまざまな会社の現場に出向いている。その経験から断言できることがある。

 「あなたの会社の慣習は世間ではユニーク(異常な)である可能性が高い!」

 しかし勤務されている方々の人たちの多くは、口でこそ「わが社はここがおかしい」と居酒屋で管を巻いていても、実際には「何だかんだ言っても、やっぱり普通だよ」という、本音だか諦めだかよく分からないことをいう。たくさんの会社の実態を見てきたが、ほとんどの会社の従業員がこのように話す。実に不思議なもので、転職経験のある人ですらこういう話をする。

 なぜだろうか。真剣に分析したわけでないが、どうやら「自分が入った会社は普通である」と人は思いたいらしい。これは日本人の民族性に関係しているのかもしれない。数人だけだが、日本人以外の従業員に聞いてみても、こういう言葉を全く口にしないからだ。日本人は、ありもしない“普通”をそれぞれの環境や職場に求め、「自分は普通」と思い込んで大衆の中での自分の位置付けを「普通」とすることで安心感を求める――そういう民族性があるのだろうか。

 当然ながら、(普通と思いたい)理想と現実との間にギャップが生じる。「一億総中流時代」と呼ばれた昔にはそのギャップがほとんどなかった。人間は心に安全弁を用意して、多少逸脱したと感じられる行為でも「許容範囲」と無理やり思い込みたいのかもしれない。

 その結果、「井の中の蛙」になっていることすら認識できなくなり、何万、何十万というユニークな「井戸」ができ上がってしまう。各人が「自分は普通だ」と考え、さらには「自分の所属している会社も普通だ」と拡大解釈するようになり、逸脱した行為や上司の言動を「許容範囲」として吸収してしまっているのかもしれないのだ。例外もある。個人の感性が多様化している現代は昔に比べて例外が多くなっている。だが例外は例外であり、それ以上でも以下でもない。

コンプライアンスからみた「会社の例外」とは?

 さて、ここからが本題である。会社の多くが実はそれぞれに「例外」であるにもかかわらず、従業員は「井の中の蛙」となり、何万、何十万という“普通”と思い込んだ「井戸」の中で暮らしている。よって理屈で考えれば、これらの数に匹敵する種類の「ユニークなコンプライアンス」が存在するはずだ。

 決して否定するわけではなく、いくらあってもいいのだが、これらは従業員がそれぞれに思い描いた「普通ではない普通」という環境でのコンプライアンスであり、その一部には明らかに世間や法律からみて「逸脱」しているものがある。実際には、上場企業の多くではこの「普通」という範囲が狭い。第三者によるチェックがあり、さらに何重にも専門家が内容を精査しているから問題が少ないのだ(無いということではなくあくまで少ない)。

 筆者の経験則から、問題を一番多く抱えているのは中小企業や中堅企業、かつ、世間的には急成長しているところである。そのような会社では経営者がユニーク(個性的)で、しかも急成長しているだけあってワンマン体制が敷かれ、社長自らが会社全体を牽引しているケースが多い。口ではなかなか言わないが、心の中では「この会社は俺の分身、俺の会社だ。俺がいなければ何もできない無能な連中ばかりだ。俺の言うことを守って働いていればいい」とつぶやいているかもしれない。

 やや極端な例かもしれないが、多かれ少なかれこういう感情を持つ経営者が多い。ある社長会でお酒を飲み過ぎたオーナーは、「コンプライアンスなんて関係ない。利益さえ多ければそれでいい。従業員は俺の財産を多くするための道具と考えている」と言い放った豪傑もいたほどだ。

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