「ハードの雄」の強みを生かし“第3のプラットフォーマー”に 日本HP・山口CTO

PC、サーバベンダーとのイメージが根強いHP。企業ITの分野で本格的に脚光を浴び始めた「モバイル」「クラウド」「ソーシャル」「ビッグデータ」などの技術トレンドにどう取り組むのか。山口執行役員 兼 CTOに聞く。

» 2013年04月01日 08時00分 公開
[取材・文/編集部,ITmedia]

 企業ITの分野で本格的に脚光を浴び始めた「モバイル」「クラウド」「ソーシャル」「ビッグデータ」などの技術トレンド。これらはメインフレームやクライアント/サーバシステムに次ぐ「第3のプラットフォーム」(IDC Japanの定義より)とも呼ばれ、今後20〜30年のIT市場の成長エンジンになると言われている。

 GoogleやAmazonなどのサービス企業が主要ベンダーとして名を連ねる中、業界のリーダーを狙う老舗IT企業の1社がHewlett-Packard(HP)だ。「PC最大手」「x86サーバの雄」という印象が強い同社だが、今後はどのようなポジションを狙うのか――日本ヒューレット・パッカード(日本HP)で執行役員 兼 CTOを務める山口浩直氏に聞いた。

ハードウェアベンダーの強みを生かし、第3のプラットフォーマーへ

――「モバイル」「クラウド」「ソーシャル」など、第3のプラットフォームと呼ばれる技術トレンドに注目が集まっています。これらに対する日本HPの取り組みはいかがでしょうか。

photo 日本ヒューレット・パッカードの山口浩直 執行役員 兼 CTO

山口氏 第3のプラットフォームに注目が集まる中、ハードウェアに強みを持つ当社がそのトレンドに追いつけるか疑問視する見方もあるでしょう。ただ、クライアント/サーバシステムの役割は決してなくなりません。当社はまず、顧客が安心して選択できるハードウェアを引き続き提供する使命があると考えています。

 一方、今後は第3のプラットフォーム市場でも主導権を取りにいきます。そのためには、ハードウェアベンダーとしての強みを生かしつつ、市場のニーズに対応したソリューションやサービスを組み立て、顧客が安心して組める体制を整える必要があります。

 例えば「モバイル」の分野では、個人所有端末の業務利用(BYOD:Bring Your Own Device)やモバイルセキュリティに取り組んでいきます。当社は企業向けセキュリティソリューションで昔から定評がありますし、サーバ環境からクライアント環境まで一貫した保護を実現する唯一のメガベンダーだと自負しています。そうした経験やノウハウは、企業のモバイル活用を支援する上でも大いに生かせるはずです。

 また、当社は自社内で率先してモバイル活用を進めている強みもあります。従業員の多くは私物のスマートフォンでさまざまな業務を行っていますし、東京本社で働く5000人のうち3000人は、固定席を持たない「フリーアドレス制度」を導入しています。そうした新たなワークスタイルの中で発生する問題を自ら体験し、試行錯誤を重ねることで、顧客が安心して導入できるモバイル活用ソリューションを提案できると考えています。

 さらに、当社が今年最も成長できると考えているのは「クラウド」の分野です。他社のクラウドとも連携できるオープンなインフラ構築のためのハードウェアやソフトウェア、サービスの提供に加え、グローバルでは「HP Cloud Service」というパブリッククラウドも提供しています。このように、プライベートクラウドとパブリッククラウドの両面で顧客をサポートしていきます。

photo 全てのクラウド関連製品で「OpenStack」を採用し、他社製品・サービスとの連携を容易にしているという

 「ビッグデータ」の分野では、Autonomyをはじめとするテクノロジ企業の買収・合併を通じ、Twitterや動画、メール、音声などさまざまなデータを複合的に分析、活用できるソリューションを展開しています。また、こうしたビッグデータ活用ソリューションの提供を通じ、顧客のソーシャルメディア活用も支援していきます。

――昨今では第3のプラットフォームに加え、ハードウェアやソフトウェア、サービスを統合した「コンバージドシステム」を展開するITベンダーも増えています。そこに対する日本HPの戦略はいかがでしょうか。

山口氏 当社は2009年に「HP Converged Infrastructure」を発表し、2011年にはサーバ、ストレージ、ネットワークを統合した製品群「HP Converged Systems」を発表するなど、他社に先がけてコンバージドシステムに取り組んできました。インフラの集約化という領域では一日の長があるので、今後もコンバージドシステム事業は伸ばせると考えています。

 こうした製品をいち早く市場投入できたのは、当社がクライアント/サーバ市場でしっかりと培ってきた実績があるからこそです。クラサバは決して古い仕組みではなく、新しい技術と組み合わせれば、より強力なプロダクトを生み出せるのです。

 一時はソフトウェア事業に舵を切ろうとしたこともありましたが、当社の創業当初からの強みはITインフラを支えるハードウェアにあります。したがって、ハードウェアをコアとした上で、ソフトウェアで付加価値を付け、そこにサービスを加えたソリューションを提供することが、当社の分かりやすい強みになると考えています。

5つの研究分野に集中投資 今は「勝負の時」

――今後の事業計画について教えてください。

山口氏 当社は今、事業全体の立て直しの時期にあります。これまでさまざまな企業の買収を通じて事業ポートフォリオを拡大してきましたが、今後はM&Aの手を一度落ち着かせ、手持ちのポートフォリオの再構築と研究開発に集中投資していく構えです。

――具体的には、どのような分野で研究開発を進めますか。

山口氏 グローバルで持つ「HP Labs」という研究機関を通じ、「Analytics」「Network and Mobility」「Security and Cloud」「Printing and Contents」「Systems Research」の5つの分野で研究開発を進めていきます。

 例えばSystems Researchの分野では、電源供給がなくてもデータを保持できる非揮発性の受動素子「HP Memristor」を開発しています。これはフラッシュメモリよりも高速で消費電力が少なく、ストレージとしても演算装置としても利用できる特徴があり、ハードウェアの性能を飛躍的に高める可能性を秘めています。

 Security and Cloudの分野では、ビッグデータ分析を通じて攻撃者の“気持ち”を予測し、さまざまなゼロデイ攻撃に対応する「Dynamic Defense」という仕組みを開発しています。データ分析とポリシーベースの自動化システムを組み合わせることで、システム自体が「防衛本能」を持ったかのような動的な防御が可能になると考えています。

 Network and Mobilityの分野では、個人の仮想人格(アバター)をハブとして、複数の3GネットワークやWi-Fiネットワーク、スマートフォンやPCなど各種デバイスをスムーズに利用できる「Mobile Personal Grid」という仕組みを開発中です。また、Analyticsの分野では、ドキュメントのニュアンスを自動分析するJAVAベースのツールを開発しています。これは例えば、膨大な文書をインターネット上で探したい時、URLなどを読み込ませるだけで雑誌の見出しのような要約を自動作成してくれる仕組みです。

photo HP Labsでの研究例

山口氏 当社は2012年までに戦略の再設定や組織再編を進めてきました。今年は策定した戦略を実行に移し、事業を成長基盤に乗せる時期と位置付けています。したがって、今年は新たなタブレット端末や「Project Moonshot」(省電力サーバ製品群)など、顧客にとって分かりやすい新製品がどんどん出てくる予定です。

 こうして出てくる新製品は過去数年の研究開発の成果であり、今は未来のために投資しなくてはなりません。当社にとっては今が勝負の時。この勝負に乗り遅れると社運に関わるという覚悟を持ち、1つ1つの戦略を遂行していきます。

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