相変わらず即レスの先輩が返してくれたメッセージには、謝ってる感じの顔文字とちょっとした近況が書かれている。続けて、原因はさすがに分からないが導入時検証で似たような問題があり、揉めた記憶があること、そしてこの業務システムの導入時に深く関与してくれていた小規模SIerの担当営業の名前が書いてあった。ぜひ電話しろ、と。
(この人、そういえばシステム更改云々の話で来社したとき、名刺交換したっけな。安定してるし、そのうちシステムを統合するとかどうとかで、全面的に自社での保守に切り替えちゃったはずだから、保守の契約はもうないんだけどね。ただほかにできることはないし、何か教えてもらえるかもしれない)
「(ゴソゴソ……ゴソゴソ……) は〜い瀬谷です! どちらさまですかっ! こちら瀬谷で〜す」
(うわ! なんだこのノリ……)
「私、○×ネットの栗平と申します。……かくかくしかじかというわけでして、何か情報をお持ちではないかと思いましてお電話させていただきました。えぇ。……保守は切れてますよね、確か。……えぇ……えぇ」
「御社のためなら何とかしますよ〜! 折り返しお電話しますのでぇ! えぇ! ではっ!」
(今どき珍しいノリのおっさんだな。保守切れで何とかするって。後で対応費用請求されたりしたらホント困るなぁ……。オレに払えとか言わないよな)
時間があるとはいえ、あと2時間そこそこでバッチを再開しなければ、明日の業務に問題が発生することぐらいは、現場だからこそ理解している。
(最悪はスキップして顛末書を書くしかないか。まぁ、あとは歓迎会が終わるころを見計らってマサさんに電話するしかないか。よし、とりあえずトイレだ)
残念ながら、スキップ対応の後、無事に全てのジョブが完了する確証などないことに、ケンイチはこの時点では気付いていなかった。
【今回の解説フレーズ】
う、担当の人は今日休みか。誰か調整しろよ……
これは、運用に限らず、仕事あるあるですね。急ぎの承認案件があるときに限って出張している上司や、システムがトラブるときに限っていないIT担当者とかね。自分が休むと何故かシステムが不調になるという、不幸な星に生まれた人もちょくちょくいらっしゃいます。
ケンイチはこの状況を、「部門としての責任でしょ?」という前提で考えているようです。当の開発部門は、この体制について「部門が責任をもって提供しているサービス」だと認識しているのでしょうか。実は、自分たちが楽に業務をこなすための体制だという認識かもしれません。
担当者が急病で休むことになってしまった場合の対応についての改善依頼ですから、進んで提案してもマイナスにはならないでしょう。この程度の改善提案さえも、他部署や他部門に提案しづらい雰囲気があるならば、ケンイチ自身も気付かないうちにセクショナリズムに陥っているのかもしれません。
誰も休めないシステムは属人度が高いシステムです。そのようなシステムは安定しないだけでなく、変化にも対しても、障害に対しても脆弱です。まずは、システム運用の自動化や判断基準の数値化を一歩ずつ進めていきましょう。日ごろはしっかりと業務に集中し、心おきなく休暇を取ることができるような、メリハリのある組織にしていきたいですね。
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谷口有近(たにぐち ありちか)
SNS系ITベンチャーから転身、2001年にカブドットコム証券入社。高負荷でミッションクリティカルな証券取引システムでの基盤設計から、構築・運用全般に従事。BCP用遠隔データセンターネットワークの構築などを担当し、2009年にITプロフェッショナルエヴァンジェリストとして開発と運用の統合的な改善業務を推進。
2011年より社長付IT戦略担当として、エンタープライズにおけるクラウドや仮想化を前提としたシステム改善、タブレットでの先進的UXの実装、ビッグデータ関連のR&Dを担当し2013年に退社。
独立後、現在はICTによる業務改善を目指す組織の業務支援やビジネス開発を中心に、事業会社経験を生かした講演などを行う。
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