…ドドカドドカドドカドドカッ…ガチャリ。
「いやーいやいや、遅れてすいませんホント! 守衛さんに緊急事態だって言ったんですけど、聞いてくれないんですよ。もうホント困りましたよ。広尾さんが先にいらっしゃって助かりましたホント。あれ、お一人ですか? あっ、広尾さんは電話中ですか。こりゃ失礼失礼。で、栗平さんでしたよね? お電話いただきました瀬谷です。どーもどうも。このトラブルを何とかしてくれるはずの助っ人をお連れしましたよ!」
「えっ!?」
そういえば、数時間前に瀬谷さんに電話したんだった。すっかり忘れていたことを表に出さないよう、ケンイチは慌てて質問を返した。
「いや、そういう話になってるんですか?」
「大丈夫です!広尾さんに連絡して、二人分の入室の許可は取ってあります!最近は入退室管理もうるさくなりましたしね!ホント大変ですよね」
(費用がかかるんじゃないのか…。マサさんが知っているのなら何とかなるか…)
瀬谷が連れてきたのは、瀬谷とはまるっきり正反対の、悟りの雰囲気さえ感じられる女性エンジニアだった。
「柴崎と申します。さっそく見せていただいてよろしいでしょうか?」
先ほどから窓際で社内各所に連絡していたマサさんが瀬谷の登場に気付き、「早く見てもらえ」と指示してくれたおかげで、瀬谷の炸裂トークが終了し、調査が始まった。
「端末お借りしますね」
柴崎と名乗るその人は、随分と慣れた手つきで、ケンイチがファイルを差し替える準備をしていた運用端末を操作し始めた。あれよあれよとウィンドウが広げられる。几帳面にも、不要だと判断したウィンドウは閉じている。ケンイチが知らないログファイルも開いているようだ。運用手順書には、そんな記載はなかったはず。何なんだこの人は。
「すみませんが、1つ先のジョブを念のために保留設定にしておいていただけませんか」
「あ、えっと、はい。この今問題になっている1つ先のこのジョブですね」
「あと、何度か再実行されてますよね。毎回、同じように落ちてましたか? もう少し詳しく言えば、ジョブを再実行した際に、すぐ落ちるのか、しばらく動いてるように見えてから落ちるのか、そういう違いってありましたか? 恐らく、少し動いた後に落ちてると思うのですが」
随分ときちんとした姿勢でキーボードを操作する人だな。その後ろ姿に少し魅せられてしまい、自分の仕事を忘れそうになる。そうだ、オレがこのシステムの運用保守担当なんだ。
「あ、えっと、動いてしばらくして落ちるって感じで、毎回同じようなタイミングで落ちます。あの、感覚ですけど…」
複数のターミナルを縦横無尽に駆け回り、あたかも普段からこのシステムを運用していたかのような手際の良さで、次々とログを開き、設定を確認していく。マウスを使う頻度が圧倒的に少ない。
「ですよね。取り込むデータのフォーマットは確認されました? うーん、このジョブ、確かフォーマットチェック入れるように連絡したはずなのよね…。実装がいい加減だったかな…」
「その端末の左上にあるフォルダ、それです。それが取り込むファイルです。その下のファイルは、このジョブをスキップするための空のファイルです」
「OSは正常、ディスクも余裕ありありで、環境エラーっぽくは見えてないよね…。システムとしては正常。でもジョブ実行はタイムアウトで落ちてる。気になるのは業務エラーコードのログがなくて、突然落とされたような、というか、今でも実行中のままに見える。どうして機嫌が悪いんですかね、この子は…」
独り言をつぶやきながら、流れるように画面を切り替えていた柴崎の手が、ふと止まる。
「やっぱり、最初の原因は、取り込もうとしてるファイルのフォーマット不正でしょうね。フォーマットというか、制御コードがデータに紛れ込んでます」
「お、お―! 分かっちゃったの、チトセちゃん? さっすが! 頼りになるね、ホント!」
「瀬谷さんは黙っててください」
チトセは立ち上がり、マサさんの元に向かう。何かを話し合っているようだ。納得した様子でマサさんがうなずき、二人で戻ってきた。
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