企業の“ビッグデータ活用”への期待度は高い。しかし、現実には「ビッグデータは持っているが活用はできていない」という企業がほとんどだろう。ここでは、思いがけない方法でビッグデータ分析を活用している事例などを紹介する。
ビッグデータは、企業のビジネスを大きく変革するモノ・技術として大きな期待が寄せられている。
ビッグデータに関してよく言われるのは、「多くの企業がすでにビッグデータを獲得している」という点だ。これは真実だろう。工業機械や業務機器、インターネットサービスなど、あらゆるところに情報を収集するセンサーが設けられ、あらゆるデータが蓄積されていっている。
しかしながら、“ビッグデータの活用”という面では、なかなか実践できていないのが現実だ。情報をどのように分析すべきか、分析したデータをどのように利用するか、ビッグデータの本質は活用にあると言っても過言ではない。
昨今ではさまざまな記事やセミナーなどにおいて、ビッグデータの活用方法や事例が紹介されているため、それらを参考にしている読者は多いだろう。
そこで、本稿では少し毛色を変えて紹介するべく、日本ヒューレット・パッカードのプリセールス統括本部 ソリューションセンター OSS & Linux担当 シニアITスペシャリストを務め、Hadoopの技術者認定資格を保有し、エバンジェリストとして活躍する古賀政純氏に話を伺った。
古賀氏は、自らレーシングカートに乗って楽しむほどの自動車/自動車レースファンだ。レーシングファンの多い米国では、すでにビッグデータを活用したマーケティングの事例が登場しており、高度な情報活用がなされているという。古賀氏自身も、あるレーシングゲームによるビッグデータ活用例を基にして、趣味に関するデータを個人で収集し始めるなど、多角的にビッグデータへ取り組んでいる。
米国サンフランシスコに本拠地を置くJoyentは、ハイパフォーマンスなIaaS/PaaSをウリとしたクラウド事業者だ。ソーシャル旅行プランニングサービスのTripshareやスマートフォン向けゲームのDigital Chocolateなど、米国でも著名の企業が同社のサービス/技術を活用している。
同社のスタッフはゲーム好きが多く、任天堂のNINTENDO64用ゲームソフト「マリオカート64」を皆でよくプレイしていたという。マリオカートとは、任天堂の人気キャラクターであるマリオブラザーズをモチーフとしたレーシングゲームであり、仲間同士で競い合う対戦ゲームとしてファンが多い。
このゲームは一般的なリアルレーシングゲームとは異なり、レーシングコース上に散りばめられた“アイテム”を獲得して用いると、自分のマシンが強化されたり、他のプレイヤーの邪魔をしたりすることができる。プレイ時に選択するキャラクターごとにも特性があり、道具の活用タイミングなどの駆け引きを通じてレースの順位を争うのが、このゲームの醍醐味だ。
Joyentのスタッフの中にも、上手なメンバーとそうでないメンバーに分かれていた。そこで彼らは、例えば「1周目の結果と最終結果に相関関係はあるのか」「獲得したアイテムの種類によって勝率が変化するのか」「最も優勝しやすいキャラクターは」といった点に興味を持ち、同社の技術を活用して分析しようと考えたのだ。
そこで彼らは、マリオーカートのプレイ動画を撮影。その“動画データ”を同社のビッグデータ解析基盤「Joyent Manta」を活用して分析を行った。Mantaは、オブジェクトストレージ技術とOSSベースで自社開発したクラウドOS「SmartOS」によって構成されている。
9人のレーサーによる221レースの動画を分析した結果、アイテムの獲得とレース順位の相関関係について、次のような結論が導き出された。
「このビッグデータ解析は、Joyentのビジネスには直接関係はありません。もちろん、同社の技術やサービスをパフォーマンスする場としては役立っているでしょう。しかし何より、ビッグデータ解析によって楽しみを見出している点が重要なのです。私は、“ビッグデータに楽しさを感じて欲しい”と、常々考えています」(古賀氏)
Joyentの分析結果は、実際のレース動画と共に「kartlytics」で公開されているため、ぜひ楽しんでいただきたい。動画を見ればわかるように、レースの様子はめまぐるしく変化するため、アイテムを拾ったり使ったりしているシーンを手動で集計するのは困難だ。このような動画分析を行えるのも、ビッグデータ解析の技術の賜物と言えるだろう。
今度は、もう少し現実的なビジネスに目を向けてみたい。
「NASCAR(全米自動車競争協会)」は、米国最大のモータースポーツ統括団体であり、多くのファンを抱えるレースカテゴリ「NASCAR」を運営している。同団体は、HPと協力し、NASCARファンとメディアをつなぐ情報センターとして「NASCAR's Fan & Media Engagement Center(FMEC)」を開設した。
NASCARのファンは非常に積極的で、レース開催中にTwitter投稿数は1分間に約6000ツイート、メディアやブログの記事投稿数は1日に56万5000本、1回のイベントで投稿される記事は100万件を超えるという。
FMECでは、HPの技術を活用したビッグデータ解析基盤を構築し、これらの各種SNSに流れる投稿や各種メディアにアップされる記事を“リアルタイム”に分析している。分析の中核を担うのは、HPの分析エンジン「HP Interactive Media Command Center」だ。
分析された結果は、必要に応じて加工され、NASCARのスポンサーや参戦しているレーシングチーム、放送局などに共有している。ステークホルダー各社は、それらのデータを活用し、さらに観客を楽しませるデータ・記事を作成したり、マーケティング施策に活用したりしている。
例えば下図は、NASCARスプリントカップシリーズの開幕戦「Daytona 500」において、レース中に各種SNSやメディア、関連企業が発した情報をリアルタイムに収集、可視化したものだ。レーススタート時やレースに変化が発生したとき、勝者が決まった時などに多数の投稿が発せられていることが分かる。
この分析システムでは、投稿されている単語の頻度を分析し、投稿数によってファンの関心の動向を測るという手法も採られている。
例えば、雨が降ってレースが中断したとき、パートナー企業の関係者の投稿にレースの続行を心配する声が増えていた。その情報をキャッチしたNASCARは、雨天時の対策として路面乾燥システム「エアタイタン(Air Titan)」があるため、レースに支障はないことを紹介した。この情報は直ちにTwitterで拡散され、賞賛を得ると同時に、雨天中断時における視聴者数の減少を食い止めることに成功したそうだ。
「FMECでは、『Autonomy IDOL』と『Autonomy Explore』という2種類の自動化の仕組みを活用しています。前者は、SNSや一般メディアなどのマルチチャネルから発せられるデータから意味を抽出するもので、文脈を理解する機能を持っています。後者は、SNSデータを収集し、ファンの傾向や心理を特定したり、観客の声を引き出すために用いられます。こうして得られた情報を共有することにより、魅力的なコンテンツの提供やファンをつなぎとめる施策を迅速に実現できるのです」(古賀氏)
日本においては、商品やサービスの人気が低迷すると、安易に「若者の○○離れ」などとし、あたかもデベロッパーやベンダーには責任がないように言うことが多い。しかし、NASCARのように戦略的なビッグデータ解析を実施し、積極的にファンを獲得することも必要ではないだろうか。
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