企業のファイルストレージはクラウドを活用する時代に入りつつある。しかし、セキュリティ対策や費用対効果などの面で導入をためらう企業が多いのも事実だ。メリットを最大化しリスクをヘッジできる“現実的”なストレージ環境をどうすれば構築できるのか。ストレージとミドルウェアの専門家に聞いた。
増え続ける社内データは情シス部門にとって頭の痛い問題だ。データ管理のためにストレージを増設しようとすれば初期投資が必要で、運用にも手間とコストがかかる。とはいえ、データ活用で価値を生み出す“攻め”の経営を実現するには、このカベを乗り越えなければならない。
メリットを最大化しリスクをヘッジできる“現実的”な答えはあるだろうか。アイティメディアの石森将文が、ストレージとミドルウェアの活用法に詳しい、日立製作所の前田宏幸氏と日立ソリューションズの盛井恒男氏の2人に、データマネジメントの具体的なアプローチについて聞いた。
石森: 企業が保有するデータ量は増加の一途をたどっています。事実、われわれが2013年に実施した「保有データ量の傾向に関する調査」でも、「とても増えている」「多少は増えている」との回答が全体の約8割を占めたのに対し、「減っている」との回答は一切みられませんでした。
その理由を探ると興味深いことが分かります。増加しているのは、各種システムで管理できる構造化データではなく、オフィス文書や動画、音声といったファイルベースの非構造化データであるのです。こうした傾向は、日立さんのユーザー企業にも当てはまるのでしょうか。
前田: 紙ベースを含め、あらゆる情報の電子化を通じて、「非構造化データが急増している」というのがお客様の声を聞いての実感です。その結果、ストレージ環境も急速に大容量化しています。とりわけ近年では、映像やメディア系のお客様でデータの増加が著しい。その背景には、より高い映像品質を実現した4Kや8Kに代表される、画質の向上を促した技術革新があることも見逃せません。
盛井: 当社のお客様もデータ量は総じて増加傾向にあり、前年より3倍も増加したという出版社もありました。それらの企業の従業員数はほぼ変わっていないので、作成する書類が極端に増えたという理由ではないでしょう。その原因について考えたところ、次の3つの理由が出てきました。
盛井: まずは、業務で画像や映像ファイルが広く利用されるようになったことです。これにより前田氏が指摘したような大容量ファイルが急増しました。地味ですが、Officeのバージョンアップによるファイルサイズの膨張も見逃すことはできないでしょう。2つ目は、大容量ファイルをメールに添付して共有する機会が増えたこと、3つ目は、ディスクの低価格化と性能向上により、気軽にファイルのコピーやバックアップを実施するユーザーが増えたことです。
このほかにも、モバイル機器で仕事をする環境が整っている企業では、社内へのリモートアクセスのためにファイルサーバでデータを共有することが多いですし、シンクライアントの導入を機にファイルサーバでデータを管理するケースも増えてきています。いずれにせよ、データのバックアップや共有がポイントであることは間違いありません。
石森: われわれの調査からは、増え続けるデータに腐心する企業の姿も浮かび上がっています。事実、2010年と2014年の両調査でも、データ増への対応策を課題視する企業が過半数を占めています。改善がなかなか進まないこの状況を、日立さんはどう捉えているのでしょう。
盛井: 問題が解決しない原因の1つは、情シス部門のストレージに関する予測と実態にずれが生じていることでしょう。例えば、増設計画を立案する際、残り容量が少なくなってからの増加率はあまり参考になりません。自分のPCに保存していたりしますから。ファイルサーバが増設されると、ユーザーはこれらを一気にファイルサーバに上げてくるので、増設直後は急激にデータ容量が増加します。
また、情シス部門は大容量ファイルを画像や動画などと捉えがちですが、その実態はインストーラーやバックアップデータなど、もっと大容量のファイルだった、ということもしばしば見受けられます。同様に、社員全員がファイルサーバを使っていると考えていたが、実は約2割の社員が容量の約8割を使っていたというケースも珍しくありません。
こうした誤った読みを基に立案された増設計画は、実態と乖離(かいり)したものになってしまいます。その結果、予想よりもはるかに早く容量不足に陥るといった事態を招いているとみています。
前田: IT部門は日々の管理業務に追われ、ストレージ内のデータの傾向分析といった新たな取り組みに着手するのは困難です。しかし、データが増加し続ける状況で、この作業なしに慢性的なストレージ不足からの脱却は難しいことも確かなのです。
石森: お話を伺うと、ストレージの中身をどう把握するかが、IT部門の当面の課題となりそうです。一方で、最近はストレージの課題解決の手段として「クラウド」も脚光を浴びています。バックアップデータなどをクラウド上で管理することで、ファイルサーバの容量削減につなげるというわけですね。
とはいえ、2013年の調査によるとクラウドストレージへの抵抗感も依然として根強く、約半数がセキュリティに不安を覚えています。日立さんのお客様ではクラウドストレージをどう評価しているのでしょうか。
盛井: われわれのヒアリング調査では、数多くのお客様がセキュリティを不安材料に挙げています。具体的には、情報漏えいやデータ喪失を危惧する声のほか、知らない間にデータがコピーされないのか、万が一コピーされた際の履歴を追えるのか、といった声もありました。
前田: 多くの企業ではクラウドへの関心はあるものの、セキュリティ面で採用には踏み切れないというのが実態ですね。大きな企業ほどストレージ運用の効率化への関心は高い。しかし一方で、大企業であるほどセキュリティにシビアにならざるを得ないことが“ジレンマ”となっています。
また、クラウドをストレスなく利用するには、ネットワーク環境の広帯域化も必要となります。オンプレミスよりどれだけコストを削減できるかが分かりにくい点も問題で、トータルではコスト削減につながらなかったとの話もしばしば耳にします。
石森: そこで“現実解”と目されているのが、オンプレミスとクラウドを使い分けるという方法です。両者のメリットを日立さんはどう考えているのでしょうか。
前田: クラウドの一番のメリットはストレージ資産を持たなくて済むという点にあります。それを踏まえ、初期コストと運用コストの観点からデータの重要度に応じて両者を使い分けることが肝要です。具体的には、データへのアクセス頻度を基にデータを分類し、頻度が低ければ保管庫としてクラウドを利用し、高ければオンプレミスで管理する。この取り組みを続ければ、情報のライフサイクルマネジメントを確立することにもつながるのです。
石森: 日立さんでは、その実践に活用できるクラウドサービスを提供していると聞きます。その概要についてお聞かせ願えますか。
前田: 弊社ではクラウドストレージソリューション「Cloud on-Ramp」を用意しています。これを一言で説明すれば、NASに格納したデータをクラウドへ自動でバックアップするものです。具体的には、企業の各拠点にファイルストレージ「Hitachi Virtual File Platform」(VFP)を設置し、VFPのデータをWAN経由で日立所有のデータセンターにあるバックアップ・アーカイブストレージ「Hitachi Content Platform」(HCP)に自動で集約します。
特長として挙げられるのは、事前に設定したポリシーに沿って、例えばアクセス頻度が高いデータをHCPからVFP、つまりクラウドからオンプレミス側へ自動的に移動させられることです。もちろんその逆、つまりアクセス頻度が低いデータをクラウド側に自動で再配置することもできます。
VFPはユーザーからのアクセス頻度が高いデータは常に自身のシステム内に置いておくが、アクセス頻度が低くなったファイルはクラウド上でのみ保管し、VFPの中にはそのデータのショートカット(スタブ)のみを残しておきます。そして、ユーザーからのアクセス要求があった場合には、改めてクラウド上からその実データを引っ張ってきます。これにより、ユーザーはデータの所在を意識せずに従来通りアクセスできるわけです。
石森: 従来から行われているストレージの“ティアリング(階層化)”を、クラウドでより動的に行えるようにしたわけですね。
前田: 当社では、従来から容量の効率的な利用とシステム全体の性能向上を目的に、各種ストレージ製品のティアリングを推し進めており、その対象をファイル製品にも拡大したわけです。Cloud on-Rampは遠隔地でデータをバックアップするため、BCPにも極めて有効です。
盛井: 日立ソリューションズもクラウドを利用したストレージサービス「活文 Hybrid Storage Manager」を2014年4月から提供開始しました。同サービスとCloud on-Rampの一番の違いは、オンプレミスストレージをマスターとし、利用頻度の低いデータのみを「Amazon S3」に移動する点です(Cloud on-Rampはクラウドがマスターで、利用頻度の高いデータをオンプレミスにも置いて同期する)。
そのため、クラウドのデータをダウンロードする機会は少なく、広帯域ネットワークの整備は不要です。当社の情報漏えい防止ソリューション「秘文」により、オンプレミスでデータの暗号化を行うことで、ネットワーク上もクラウド上も暗号化された状態のままとするなど、セキュリティにも配慮しています。
データ管理における情シス部門の悩みは、社内に不要なデータが少なからず存在するが、現場に対して「いらないデータを削除してください」となかなか言えないことでしょう(笑)。そこで、同サービスにより利用頻度の低いデータをクラウドへ移してしまうわけです。Cloud on-Rampと組み合わせて、なくしてはならない重要なファイルはCloud on-Rampで厳重にバックアップ管理し、捨ててもよいレベルのファイルはAmazon S3に移動してCloud on-Rampのバックアップ管理から外すことで、ストレージ運用のコスト効率をさらに高められます。
石森: 両者は一見すると非常に似ていますが、BCPのためのCloud on-Ramp、データのスリム化のための活文 Hybrid Storage Managerと捉えると、組み合わせで見込める効果は高そうです。それぞれの活用パターンやユーザー事例があれば教えてもらえますか。
前田: 拠点NASの容量増加によって、テープバックアップやデータの遠隔地保管などの運用負荷が増している企業を中心にCloud on-Rampは支持を集めており、運用負荷を軽減する“切り札”としてグローバルで数十社から利用をいただいています。また、データの削減を通じたディスクの利用率向上やBCP対策などの切り口からも問い合わせが数多く寄せられています。
盛井: 活文 Hybrid Storage Managerをすでに利用している企業として、ファイルサーバの容量不足に直面し、Amazonの利用に前向きであった製造業のA社があります。同社のユニークな点は、コンテンツ運用管理ソリューションの「MEANS」も併用することで、データのスリム化に加え、社員の意識改革のための仕組みまで整えたことです。
MEANSはストレージをいわば“見える化”するツールであり、重複ファイルを容易に特定することが可能です。そこでA社では、MEANSの分析結果を全社員に公表することで社員の意識を改革すると同時に、重複ファイルだけを二次ディスクに移し、期間を定めて原本ファイルに絞り込むことを呼びかける取り組みを進めているのです。
※「MEANS」は「活文 File Server Optimizer」に製品名称を変更します(2015年以降)。
石森: 数MバイトクラスのOfficeファイルも今や珍しくありません。総データを考慮すると、意識改革は確かに不可欠ですよね。そのための環境を製品まで用意して、整備したということですね。
盛井: 当社では、日立製作所との連携のもとに運用改善からクラウド活用まで、ストレージに関するあらゆる課題に対応するソリューションを提供しています。「活文 Hybrid Storage Manager」のほかにも、情報漏えい対策ならば、アクセスログを収集し内部からの情報漏えいを監査する「ALog ConVerter」という具合です。それらを適切に組み合わせることで、課題への迅速な対応が可能になります。
前田: どのストレージやソリューションをどんな形で利用するかは情シス部門にとって今後も課題であり続けるでしょう。その際にファイルサーバの集約や可視化を念頭にしたクラウドとオンプレミスの使い分けこそ、今後のストレージ環境の整備における“鍵”と言えるのではないでしょうか。
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