社会心理学者ホランダーの「信頼の蓄積理論」を聴いた時、この上司の行動を思い出して、「そういうことだったのか」とあらためて腹落ちした。
その組織で当たり前とされていることを当たり前のようにこなすことで、周囲から信頼されていく。その信頼は貯金のようなもので、少しずつ貯まっていく。信頼が蓄積された頃、信頼という貯金を使ってリーダーシップを発揮するとうまくいく、といった理論である。
新しくやってきた人が、いきなり何かを変えようとしてもうまくいかないのは、その組織のメンバーとの間に信頼関係がないからだ。信頼されるためには、そこでのやり方にいきなり異を唱えず、その組織なりのやり方を試してみることにつきる。既存のメンバーはその様子を見て上司を信頼するようになり、だんだんと信頼が「貯金」されていく。改革に着手するのはそれからだ。
このように自分が経験したことが理論で裏付けされると、自分自身も納得がいくし、他の人に話す場合の説得力も増すものだ。
リーダーシップには、さまざまな理論がある。その理論を参照することで、自分の成功や失敗の意味づけができる場合がある。
「ああ、だから、うまく行かなかったのか」
「なるほど。それが効いたのかもしれない」
などと、「理論」を使って解釈できる。
しかし、だからといって、
「ドラッカーはこう言っている」
「松下幸之助はこういう教訓を残している」
「三隅二不二のPM理論では」
と、誰かの理論や考えばかりを尊重し、自身の経験や言葉がないリーダーもまた、心もとない。たしかに知識は豊富なのだろうが、部下から見れば、「それだけでは説得力がない」と思えるだろう。
一方で、考えや意見のよりどころが「自分の経験」だけのリーダーにも、部下は不安を覚える。変化が激しい今の時代に、
「俺の経験によればこういうやり方でいいはずだ」
「私はずっとこの方法でやってきたから正しい」
などと言っていたら、「いつの時代の経験を持ち出しているのか」と疑問に思う部下だっているだろう。
リーダーシップ研究で著名な神戸大学の金井壽宏氏は、著書の中でたびたびこんなことを述べている。
「理論だけでもダメだし、自分の経験だけでもダメ。経験と理論を照らし合わせながら、“自分なりのリーダーシップ持論”を作ればいい」
私もこの考え方が好きだ。
あなたのリーダーシップ論は、経験だけに根ざしてはいないだろうか?
あなたのリーダーシップ論は、理論だけに頼ってはいないだろうか?
リーダーは、経験と理論を自分なりに消化した上で「リーダーシップの持論」を作るべきだ。そして、一度作った持論は常に見直す。そんな風に進化し続けるマネージャであれば、部下はついていくだろう。
本連載は今回が最終回です。ご愛読ありがとうございました。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
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