トヨタ役員の麻薬密輸事件から考える本当の事件対応とは?萩原栄幸の情報セキュリティ相談室(2/4 ページ)

» 2015年07月03日 07時30分 公開
[萩原栄幸ITmedia]

会社が「してはいけない」こと

 10年以上前に筆者は、某県の地元有力企業の経営者を招いたパーティーに呼ばれた。そこで金融機関のトップと挨拶したが、この方は「うちでは内部犯罪とは無縁ですな(筆者は内部犯罪を専門の1つにしている)。悪いことをする職員なんて絶対にいるはずがない」と話された。

 筆者が笑顔で聞いていたが、内心では「これを傲慢というのですよ」と言いたかった。数人の企業ならともかく、どうみても100人以上いる企業の経営者が全従業員の顔や経歴、性格までつかんでいるとは思えない。その数年後、この金融機関では新聞沙汰になる横領事件が起きた。それを聞いて「無理もない」と思わざるを得なかった。

 経営者として事実をもとに理想を語るのはいいが、妄想で語ってしまうのは愚かなことだ。情報セキュリティの仕事をしていると、コンサルティング先企業の取締役会や理事会の席上でこういう議論を時々する羽目になるが、非常に残念な思いだ。

 今回の事件でも豊田社長の対応に疑問を感じる点が少なくない。ハンプ氏逮捕を受けて緊急記者会見を開いたこと自体はいい。問題はその発言内容にある。

 もっともまずい点は、「法を犯す意図がなかったことが明らかになると信じている」という発言だ。こう話す前に社長はどれだけの事実を重ねてきたのかが疑問だ。状況証拠だけでもいいだろう。見込みで警察が捜査を行うことはいけないが、事実を積み重ねて早めに手を打つことは、経営者として必然の対応だと思う。しかし、豊田社長はリスクの大きな方に向かってしまった。昨今のサイバー犯罪事件でも同様だが、情報セキュリティとして考えてみても、経営者は必ず「最悪のこと」を想定して事にあたるべきである。

 もし豊田社長がその点を踏まえていたなら、発言はこうだったはずだ。

 「ハンプ氏はわが社の役員の一人である事を踏まえ、事実関係を早急に確認している。当然ながら、捜査には会社として全面的に協力する」

 これだけでいい。それなのに被疑者を「信じている」と述べてしまった。警察関係者から見ると、ここまでの捜査の努力や、トヨタ側の混乱を避けるために株主総会後にパンプ氏を逮捕したことへの配慮が帳消しにされかねない発言だった。「自分勝手」な発言は厳に控えるべきではなかったのかと思う。

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