このように、道具の時代には生産活動そのものが価値の中心だったが、機械の時代になると生産の管理、マネジメントが価値の中心に変化してきた。そして産業革命から現代に至る間も、機械が新たな機能を持つことで価値のあり方は変異しつつある。
現代の機械の中には、ただ人間の代わりに動くだけでなく、自律的に制御し、リソース管理の部分も代行しながら動作するものも出現し始めている。それをここでは「自動機械」と呼ぶことにしよう。機械自身がある種の最適化を自動で行ってくれたり、何を生産するかに応じて機械同士が連携しながら動作したりする機械がこれにあたる。自動機械は、人間がこれまで行ってきたリソース管理の一部を機械自身が行うことで、自動的に生産物を生み出す。つまり、物の生産から管理まで機械が行うようになったわけだ。
そうなると価値の源泉は、生産物を作ること自体でも、リソースを管理することでもなくなる。自動機械時代において、価値の源泉は、そもそも何を作ろうとしたのか、何か新しい利用シーンを見つけたかという創造の部分に由来するようになる。
具体的にいえば、自動機械によって、人間が創造したことを最適に具現化することが可能となったため、その創造の良しあしこそが問われているといってもいい。創造には、ものをデザインしたり、新たなものを発明するだけでなく、どういうシーンで使われるかという使い方の発見も含まれる。使い方の発見は新たな需要を生み出す重要な要素だ。
自動機械によって、われわれが生きていくのに必要な生産活動は、管理の部分も含めてほぼ機械に任せてよくなった。これにより、人間の余暇が増し、その結果、新たに創造をする時間が増えたという考え方もできる。それ以上の豊かさ、充実を求めるために、われわれは考える時間を得たわけだ。こうして、考えること、創造すること自体に、どんどん価値の源泉が集中していくのである。
そして今、機械は自動機械を超えてさらに進化しようとしている。それをここでは「インテリジェント機械」と呼ぼう。それは人工知能のような知的なアルゴリズムが内蔵された機械のことだ。知的なロボットのようなものをイメージするといいかもしれない。インテリジェント機械は「創造」という、人間に残された価値の源泉部分さえも担おうとしている。
例えば、来年は白色が流行する可能性が高いと予想し、白色をベースにした商品を生産しようと発想して、生産・管理までやってのけるかもしれない。インテリジェント機械の登場はまだまだ先のことだと考えている人もいるかもしれないが、チェスや将棋、自動作曲、自動記事生成などを行える人工知能が実現していることを考慮すれば、そうした機械の登場も現実味を帯びてくる。
これまでの延長線上に、インテリジェント機械の行く末を考えてみよう。われわれの社会は、ある目的を達成するために道具や機械に頼ることで大規模で大量の生産活動を行ってきたし、管理さえも機械に委ねてきた。だとすれば、これからはインテリジェント機械によって、これまで見たこともないような大規模な創造活動が行われる可能性がある。例えば自動作曲システムは、人間が作曲するよりも早く、大量に作曲をこなすようになるだろう。もちろん作曲だけでない。インテリジェント機械はあらゆる領域で、これまでになかったスピードで大量の創造活動を行うはずだ。
人間も、インテリジェント機械の豊富な創造力を用いてたくさんの創造を行うことが可能となる。その際はインテリジェント機械による膨大な量の創造の中から、何を選択して、どのように組み合わせて、どのように活用していくかが重要になる。
現在、既に実現している自動作曲システムから大量の楽曲が生成されているが、いくら大量に作られて、その一つひとつの楽曲が美しかったとしても、どのように展開していくかというさらに進んだ創造力は必要だろう。そう考えれば、自動作曲システムは人間の作曲支援のためのシステムと考えることができる。既に実現している脚本作成援助ソフトウェアにおいても、同じことがいえる。要するに、人間のみで作り上げるのではなく、インテリジェント機械とともに作り上げていくのである。
これは芸術的な創造の領域だけではない。産業の実務の領域においても、科学研究の領域においても、あるいは囲碁や将棋といったゲームの領域においても、インテリジェント機械は、新しい販売の手法、科学的仮説、未知の妙手を創造・提案するようになるだろう。インテリジェント機械と協働し、その膨大な創造の量を生かしていくことで、われわれはこれまで気付かなかった新たな事実も突き止められるかもしれない。新たな価値の源泉はインテリジェント機械との協働によって、生み出されるようになるだろう。
人工知能は、失業者を増やしたり人類を滅ぼしたりするのか? 2045年に「シンギュラリティ」が訪れ、突如、コンピュータが人間の知能を超えるのか? いや、そんなことはあり得ない――。人工知能を日常的に使用しているデータサイエンティストが、情報学の歴史的経緯を踏まえて、人工知能と人間社会の過去・現在・未来を解説します。
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