機器の低価格で開かれた仮想現実(VR)の医療利用医療ツールとしての仮想現実(第2回)

仮想現実(VR)は今、医療現場に導入されてさまざまな治療に成果を挙げている。VRの可能性、そして課題とは何だろうか。

» 2017年08月02日 10時00分 公開
[SA MathiesonComputer Weekly]
Computer Weekly

 臨床心理学を専門とするダニエル・フリーマン教授は、バルセロナ大学の研究者たちと協力して高所恐怖症の治療を支援する目的で仮想現実(VR)環境を構築した。(第1回はComputer Weekly日本語版 7月19日号に収録)。

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 全般性不安障害の治療においては、VRの効果はやや薄いかもしれない。だが、現実の環境の中で患者の問題の原因となる要因が何であったとしても、VRは治療に有効なはずだとフリーマン教授は主張する。同教授はまた、人前で話すことが難しいなど、より一般的な恐怖症の治療にもVRを応用できるとも付け加える。

 これがまだ実現していない理由は単純明快だ。「機器が高価だし、かなり高度な専門知識も必要だから」と、同教授は説明する。「例えば高所恐怖症の治療の場合、環境を構築するのに5人規模のチームでも9カ月はかかる」

将来の可能性

 価格が数百ポンドのVRヘッドセットが発売されたことで、こうした開発作業が実行に移される可能性が格段に高まった。臨床試験を終えたフリーマン教授は、オックスフォード大学や他の共同創立者と協力してOxford VRというスピンオフ企業を立ち上げ、その優れた環境の商業化を目指している。

 一方、カナダのケベック大学ウタウエ校心理学科の教授であるステファン・ブシャール博士も、社交不安障害などの精神疾患を治療するためのVR環境の開発に取り組んでいる。この障害に悩む患者は、社交的な活動で他人と関わることに恐怖を感じ、生活が困難になる。

 ブシャール博士も共著の論文を『British Journal of Psychiatry』誌に寄稿している。その研究で同博士たちは、第1回(Computer Weekly日本語版 7月19日号収録)で紹介した暴露療法について、VRを導入した場合と標準的な手法とを比較している。その結果、VRを導入した方が効果が高く、一部の指標では標準的な手法を上回る値が得られただけでなく、治療費もより安価に抑えることができたという。さらにこの研究では、患者が実感した治療の効果が6カ月後も持続していたことが分かった。

 不安障害の治療に使われる仮想環境は総じて、現実的というよりはビデオゲームのような感じだとブシャール博士は説明する。これは、意図的に高度な演算機能を要求しない設計にしているのも一因だが、ユーザーの想像力に任せる余地をあえて残しているためでもある。「非常に現実味あふれる環境を構築したところで、不安障害の治療にはあまり影響しない」と同博士は話す。「患者は、自分の感情をコントロールしようと試みるが、恐れている事象に直面すると、簡単に恐怖感にとらわれてしまう。例えばクモ恐怖症の人は、いかにも偽物くさいオモチャのクモを見ただけでも恐怖感に襲われる」

 ブシャール博士は、VRに人工知能(AI)を取り入れることで、テロ行為などの危険な状況にある仮想患者への対処法を学ぶ、精神保健従事者向けの研修が実現する可能性を感じている。そこでブシャール博士もフリーマン教授と同様に、In Virtuoというスピンオフ企業の経営に関与している。同社は現在、ノルウェー、フランス、ベルギーで製品を販売している。

 また、オーストラリアのメルボルン大学では、VRを使って患者自身でトレーニングを進めるためのプログラム作りに取り組んでいる。それは、若年層の人々にマインドフルネス(訳注)のテクニックをより簡単に身に付けてもらうためのプログラムだ。このテクニックは、学習者がある程度努力を継続しないと習得できない場合があるためだ。

 「マインドフルネスのテクニックについて、既存の教授法は抽象的な概念説明に偏りがちで、若い人にとっては理解、記憶、習得の全てが困難な場合があった」と説明するのは、同大学のコンピュータ情報システム学部で講師を務めるグレッグ・ウォドリー氏だ。

訳注:現在において起こっている内面的な経験および外的な経験に注意を向ける心理的な過程(Wikipediaより引用)。

 「若年層、特に精神保健上の問題を抱えている人たちは、カウンセラーが複雑な概念を説明しようとすると、退屈したり、いら立ったりして、うまく伝わらないことが少なくない。その点VRなら、コンセプトを明確かつ覚えやすい形に視覚化できそうだ」

 Orygen(若者向けのメンタルヘルスクリニック)で、ウォドリー氏は仲間と一緒に「HTC Vive」ヘッドセット用アプリの開発に取り組んでいる。このアプリは、臨床心理士の指導の下、クリニックで患者が使用することを想定している。同氏は、GoogleのVR版ドローアプリ「Tilt Brush」など、有償のVRソフトウェアをまずは使って、クリニックを訪れる患者に楽しんでほしいのだという。「われわれはVRの『人をあっと驚かせる力』に期待している。これで若い患者たちの、心理療法に取り組もうという意欲を呼び起こしたい」

 VR環境で精細な表現をする場合、洗練度をかなり高めなければならないことに気付いたとウォドリー氏は語る。「場面は、現実的と抽象的では、どちらの路線を選ぶべきなのか。アプリを面白いと感じてもらうために最低限必要な、詳細と対話型処理のレベルとはどれほどのものなのか。また逆に、VR体験を綿密に設計したために、ユーザーの気持ちがかえって治療目的から離れてしまう可能性もあるのではないか。などと考えるようになった」

 ウォドリー氏のチームは、ユーザー中心のアジャイルな開発手法を採用し、ユーザーの反応を見ながらアプリを改善している。

第3回(Computer Weekly日本語版 8月16日号掲載予定)では、治療の支援を目的に開発したVRゲームや、VRを使ったペイン(痛み)コントロールへの取り組みを紹介する。

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