企業向けにソフトウェアを開発するのとは異なり、生命保険会社のITはエンドユーザーが絡む。不動さんはそれを「お客さまあってのIT」と表現する。例えば、ITの障害で保全サービスのシステムがダウンすれば、ユーザーへの支払いができなくなってしまう。テクノロジーの先にユーザーがいて、それがどう使われて、顧客にどんなメリットをもたらすか――といった部分まで想像する必要があるのだ。
「ソフトウェア会社のときは、一般的な仕組みを作り、使う側がソフトウェアに合わせる形が普通でした。しかし、時代の流れと共にIT化が進み、生命保険会社に就職したときは、基本の部分だけがあって、あとは自分たちでカスタマイズして使うという形でした。その意味で、ソフトウェア会社から生保のIT部門に移ったときは、大きな考え方の変化がありました」(不動さん)
2010年の入社後、トランスフォーメーションオフィサーとなる2014年までの4年間、不動さんは「プロジェクトデリバリー」「ITインフラ運用」「オペレーション部門のファイナンス運用」「情報セキュリティ管理」という4つのプロジェクトに携わった。
データセンターの移行プロジェクトで徹夜をするなど、さまざまな思い出があるとのことだが、自身でも「大きなターニングポイントになった」と話すのがファイナンス運用だ。IT部門やオペレーション部門のファイナンス運用に携わり、数百億円あまりの予実管理、ライセンス管理、ベンダー管理などを含む運用を行った。
費用と資産の運用だけではなく、減価償却やライセンス管理までを戦略的にコントロールしていく。ファイナンスの経験がなかったことから、最初は苦手意識があったものの、いざやってみると面白さが分かってきたという。
「会社全体でお金がどう回っているのかがよく分かるようになりました。IT部門の費用にしても、1つの開発プロジェクトに、計画から保守運用まで、どれだけの人が携わり、どれだけのお金がかかるのか、理解が深まって面白かったですね。さまざまな仕事をする中で、保険会社でITシステムを担当するというのは、ビジネスを理解するということなのだと、よく分かりました」(不動さん)
“会社の基幹システムはビジネスと密接に結び付いている”。言葉で表現するのは簡単だが、これを真に理解するのは難しい。保険会社の基幹システムならば、システムは「約款通り」に作られる必要がある。
例えば、保険料の引き落としができなかったときに契約者に通知が発送される、というシステムを考えてみよう。「2カ月連続で引き落としができなければ、保険が失効する」というルールが約款にあるならば、1カ月目に引き落としができないとアラートが飛び(電話やダイレクトメール送付など)、2カ月続けて引き落としができないことを確認した後、システム上で契約の停止処理を行う……というようなルールができるだろう。つまり、保険の仕組みを理解していなければ、システムの開発ができないのだ。
「私自身、生命保険会社に入社したころは、システムの障害対応や新システムへの移行、そしてプロジェクトデリバリーのときにも、ビジネス部門の人たちから『ビジネスの知識が足りない』と言われたことがありました。
それは、ビジネスルールをしっかり理解しきれていなかったために、ビジネス部門の人に教えてもらわないと業務をリードできなかったからです。そう言われないためには、約款を読み、勉強と経験を積むしかありません。そういう意味では、さまざまな仕事に携わり、多くの方と仕事を一緒に進められたことに、とても感謝しています」(不動さん)
ITという部門にいたからこそ、さまざまな部門に関わり、ビジネスを知ることができた。そしてそこから、より広い視野を得ることができたといえる。
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