テクノロジーは人間の能力をどこまで「拡張」できるか――超人スポーツ稲見氏と元アスリート為末氏が語る(3/5 ページ)

» 2018年06月28日 09時00分 公開
[柴田克己ITmedia]

AIによる無数の「バーチャル選手」が、人間のトレーニングスタイルを変える

 では、スポーツの「トレーニング」は技術革新でどう変わるのか。稲見氏は「AI(人工知能)」の発展が、人間に新たな気付きを与えてくれるのではないかと予想している。同氏は、例としてロボットが強化学習で「ブランコのこぎ方」を習得する実験を挙げた。

 このロボットは、まったくブランコがこげない状態から、学習を通じて徐々に重心移動の方法や、より効率の良いこぎ方を習得していく。しかし、学習が進んだある段階から、なんと一般的な人間はやらないようなこぎ方を始めた。確認したところ、確かにそのこぎ方の方が効率が良かったのだという。

 「この結果が示唆しているのは、スポーツのトレーニング法や、効率的な筋肉の使い方などについて、まだ人間自身が気付いていないことがあるのではないかということ。今後、AIを使った研究でそうしたトピックが見えてくる可能性がある」(稲見氏)

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 スポーツのコーチングも行う為末氏も、稲見氏の見解に同意を示す。指導の方法論が、特に健常者の“一般的な常識”に頼り過ぎてしまう傾向があることを指摘しつつ、「そうした『当たり前』を突破できれば、それが人間の能力やコーチングの技術を進化させるポイントになるはず」とした。

 特に、障がい者に対するコーチングは、健常者へのスポーツ指導と大きく異なるという。基本的な身体能力がおおよそ同じで、それを前提に標準化された指導が有効な健常者に対し、障がい者の身体能力は、各自の障がいの内容によって千差万別だ。そのため、彼らは指導を参考にしつつも、各自の主観とさまざまなフィードバックを頼りに、身体の動かし方などを自分で改善していくプロセスを取るのだという。

 こうした場面でAIが生きる可能性は十分にある。「各自の障がいを反映した『バーチャル選手』をAIで作り、自身のトレーニングと並行してAIに学習させることで、最も合理的な身体の動かし方やトレーニング方法を、これまでよりも早く発見できる可能性は高まる」と稲見氏。そしてこれは、障がい者アスリートに限った話ではない。

 「健常者でも、筋肉の付き方や『腑に落ちる』教わり方は人によって違うはず。スポーツトレーニング分野でのAI活用が進めば、個性を反映したバーチャル選手に学習を行わせて、その結果を選手本人のトレーニングに生かせるようになるかもしれない。普通の人の“超人化”をコンピュータが支援する世界だ」(稲見氏)

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