CSIRT小説「側線」 第4話:インテリジェンスCSIRT小説「側線」(3/3 ページ)

» 2018年07月27日 07時00分 公開
[笹木野ミドリITmedia]
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 「情報を得る階層は3つある。まずは、インターネットで普通に集められる情報。コツがいるが、容易に収集できる。次にダークネットといわれる世界。これは、特別な方法で認証して入る。ここでは武器、ドラッグなど非合法の物も取引されている。ここの掲示板には、かなりヤバい情報も書き込まれている。流出したクレジット番号なども普通に取引されている。ここでの情報集めには潜入調査を行うケースも多い。まぁ、自国のスパイが敵の秘密基地に入り込んで調査する、という感じだ。違いは敵役だが、寝返って助けてくれる美女がいないところだ」

 ――うーん、「美女が寝返る」とか、また知らない例えが出てきた。冗談のつもりなのかしら。真面目に話しているけど。

 つたえは疑問を抱えたまま、次の話を聞く。

 「3つ目は、軍や秘密諜報機関しか知り得ない情報。これは民間では入手できない」

 「それをどうやって入手しているのですか?」

 「あまり大きな声では言えないが、俺は元軍人で、その世界にも通じている。正式には出てこない情報でも、調査協力や関係部会の委員や理事などをやっていると、それとなく推測できる場合がある。あとは、民間や準民間との情報交換だな」

 「最近は、インターネット上の情報を効率良く集めてくれるツールとかがあると聞きます」

 「いや、情報を一定度集めるだけなら機械でもできる。問題は、そのデータをどのように読み取って意味のある物にできるかだ。この“分析”には習熟が必要だ。紛争が多い欧米諸国には、これができる人間が多い。ただ、日本をはじめとするアジア地区を分析できる人はほとんどいない。ただデータを集めても、それが何を意味するかは、アジア地区の文化や背景が分かっていないと理解できないからだ」

 「見極さんはどうしているのですか?」

 「俺はインテリジェンスという言葉が有名になる前、諜報活動といわれていた時代からこのような事を続けている。日本に対する攻撃は、まず、どこか別の国で試して、その攻撃効果を評価し、次に日本に仕掛ける、という兆候もつかんでいる。だから、その国の機関と連携して手口を先行入手している。日本に仕掛けてくる前に手口が分かっているという効果は大きい」



 続けて見極が言う。

 「収集しただけのデータは、ただの情報だ。防衛には使えない。そのデータを分析して、最終判断者が決断できるところまでデータを昇華する。このデータこそインテリジェンスだ」

 つたえは、全く新しい世界が開けたという顔をして聞く。

 「ところで、先日のDDoS攻撃ですが、何か分かったことはあるのでしょうか」

 見極は言葉を選びながら話す。

 「全体の背景として、わが社は世界勢力を変えてしまうようなエネルギー精製の技術を保有している、という点は分かっているな。そうなると困る者たちがいる。例えば、ロシアは経済施策として、天然ガスを日本に売ろうとしている。メタンハイドレートが一般に普及してしまうと困るだろう。同盟国であっても油断ならない。オイル利権や石油ビジネスが成り立たないと困る米国やアラブ諸国も同じだ」

 見極が声を掛ける。

 「深淵、この前のDDoS、どこまで発信の国を追いかけられた?」

 深淵が応える。

 「いろいろな国を経由して発信元を偽装しているようですが、今話されていたように、ロシア、米国が多いです。また、攻撃内容ですが、ダークウェブやキャンペーンで過去に使われているツールと類似のパターンはありません。単に再描画を要求している攻撃の発信元は、ロシアや米国とは異なる場所です。結論として、今回の攻撃には2種類の背景があると推測されます」

 見極がつたえに解説する。

 「米国から発信していたといっても、公共のクラウドなどを利用して攻撃するケースも多いので、必ずしもそこだと決めつけるわけにはいかない。いずれにせよ、キャンペーンや声明文などは出ていないので、敵はビジネスか、国かだな。そういえば、4月に社内から外部へ針のように短い通信が観測されていた件も追跡調査していたのだが、やはりロシアや米国に発信していた。偶然の一致にしては気に掛かる。全くの推測にすぎないが、あれは侵入テストだったのではないか、とも思う。あるいは、侵入に成功したら、そのシグナルをあらかじめ用意しておいた基地に送るだけのウイルスとかな。敵は着々と情報収集しているのかもしれない」

 最後に恐ろしい話を聞かされた。つたえは情報でおなかいっぱいになったため、失礼する事にした。

 「ありがとうございます。知恵熱が出そうです」

 見極はうなずいて返した。

 「熱が下がったら、鯉河のところにも行くといいぞ」

 ――そっちもあった。当分熱は下がりそうにない。

 つたえは悶々として執務室に戻った。

【第4話 完 第5話前編に続く】

Photo CSIRT小説「側線」 人物相関図

イラスト:にしかわたく

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