時流の節目こそ、勝負を仕掛けるチャンス――野村総合研究所 理事 楠真氏長谷川秀樹のIT酒場放浪記(3/4 ページ)

» 2018年09月15日 07時00分 公開
[伊藤真美ITmedia]

目的と本質を見極め、パートナーとの関係づくりを改善

長谷川: その後はどんなことをされたのですか。

楠: 短い期間でしたが、上場の直後に、本社の企画部で会社としての制度づくりをやりました。まだ上場会社としての仕組みがほとんどなかったのですよ。

 でも正直、全く向いていなかったですね。それで「現場に出してくれ」と騒いで、次に配属されたのが、金融システムの部門でした。当時から、「SIerはもう終わりだ」と思っていましたね。

長谷川: えっ、「終わり」ですか。ひょっとして、その頃もまた「辞めたい」と思っていたんですか。一体何がそんなに不満だったんですか。

楠: 私の担当本部の半分を、ある大顧客が占めていました。もう半分は、金融システムの提供で、100社以上が関わっていました。

 ところが、その大顧客と私の部下との関係がよろしくない。何しろ“お殿様”みたいなんですよ。本部の半分の売上がかかっています。だから、私の部下は平伏叩頭。

 しかし、たびたび理不尽に振り回されることがあったので、本部長になった時、私は、部長を全員集めて宣言したんです。「もう“ご意向”など聞く必要はない。ITのエキスパートとして対等に扱ってもらえ。それをさせてもらえないのであれば、仕事など失ってもいい」とね。

長谷川: くー、それはかっこいいですね。でも、売上の半分を占める大顧客相手に取引を停止するわけにはいかないですよね。対等の関係になるためにはどのようにされたんですか。

楠: まずは、それぞれの担当者に「話をする人」をしっかりと見定めるよう指示しました。

 部下に話を聞くと、経営層と誰も話ができておらず、窓口は平社員どころか一般職や派遣社員だというので、驚きました。

 現場のユーザーに話を聞くことは大切ですが、会社の戦略や方向性、予算などを握っているわけではないので、要件が間違っていることもあれば、話がひっくり返ることもあります。下手すれば、自分の仕事を守るために、顧客全体が得しないことを指示されることもあるわけです。

 そこで、私自身は、社長に月に1回は会って話をしてくることにしました。それから、システム担当役員とは毎週ひざ詰めで情報を交換して、1つ1つ丁寧に事情を説明し、コンタクトポイントとして担当者同士がしっかり話ができる人と組み替えてもらいました。結果として、お互いに本当に良い成果につながりました。

長谷川: お客さまとの関係性を変えていくことが、大きな仕事だったわけですね。

楠: そうですね。いろいろな人に生意気とか何だとか言われましたね。でも、目的と本質はブレさせてはいけないと思うんですよ。そこが共有できないから、変な忖度(そんたく)をやっておかしな方にいくのだと思います。

 そういえば、証券会社の店頭に初めてセブン銀行のATMを導入したのも私です。野村證券の専務にお願いに行ったのですが、証券会社だって金融機関ですから、他の金融機関のATMを店頭に置くのは常識破りでしたね。でも、コストを度外視して自前のATMにこだわるのもおかしな話でしょう。NRIでも「ATM管理の仕事がなくなる」という声が上がりましたが、本来の仕事をすればいいんです。

 その時は、わざわざ野村證券用にATMを赤くしてもらいました。今は自前のATMを置いている証券会社なんてないですからね。皆、セブン銀行になりました。何が本質なのか、ブレると本当におかしなことになります。

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ITの本質は“使ってもらって役に立つこと”、先端ITを見据えた価値提供が鍵

長谷川: ちょっとしたことのはずですが、それに気づいて組織を変えていく手腕はさすがですね。やっぱりリーダーが変わると組織の雰囲気が変わりますよね。

楠: 変えたというより、本来の形に戻してやることなのだと思いますよ。

 ITの本質は、開発したものを使ってもらって、どんどん新しく役に立つものにしていくことでしょう。一度作って、ずっとメンテナンスだけというのでは、当人もつまらないし、社会的にも損失だと思います。

 そこで、顧客企業に対して「ご請求を半分にするので、その代わりに外に再販させてほしい」と交渉し、どんどん共同利用型にしていったのです。

 すると、それまで“内向き”で担当者の顔色ばかり伺っていた人の雰囲気が変わってきます。ガミガミ言われて作っていたものが、ほかの会社に持っていくと高く評価されるのですから、うれしいですし、自信も付きますよね。

長谷川: それは僕も実感するところです。やっぱり使ってもらって「役に立つ」といわれるとシステム部門の士気は上がりますね。

楠: それは、2010年に日興アセットマネジメントの事務オペレーション部門を買収したときにも感じました。

 その時、NRIから人材を動員して、投資信託などの関連事務を担うアウトソーシング専門会社を立ち上げたのですが、日興側のメンバーは新しく顧客企業が増えるに従って、意識が変わっていきましたね。それまでは日興アセットしか知らず、比較もされなければ、評価もされずにきたわけですから。

 当社としては、システムと事務のアウトソーシングを一緒に提供するので、顧客との戦略的パートナーシップの構築にもつながりました。

長谷川: 今後、事務系のアウトソーシングとなると、AIやRPAなども気になるところですが。

楠: そこも抜かりないですよ。

 事務アウトソーシングの専門会社は、中国の大連にも作ったんです。去年、2017年に大連の子会社に行った時、「『Google AI』をウォッチして、RPAは普通に使え」とちょっと話したら、これまでにもう30人が、UiPathのRPAディベロッパー向けトレーニングの修了資格を取っていて、東京の大手金融機関向けの事務アウトソースに人材を組み込んでいます。こんなにビビットに動く組織はなかなかないですよ。それも、自分たちが事業を支えている自覚があるからだと思います。

長谷川: 分析系のアウトソーシングとしても、大連の子会社を活用されようとしているわけですね。

楠: アナリティクスといっても、やることはけっこう原始的ですからね。将来どうなるか分からないけれど、無理にでも新しいことをやっておいた方がいいですからね。

長谷川: NRIの強さは、やっぱり自前でやろうとするところにある気がします。全くタイプも規模も違うのですが、ハンズラボも、東急ハンズのシステム化の内製化を進めていて、だからこそ提供できる価値があるように思うんですよね。

楠: IT企業ですからね。そういえばNRIのシステムが動く「NRIクラウド」も、国内のハードベンダーに面倒を見てもらっていた従来のオンプレミス環境に替わって、自分たちでやることにしたのです。現場の力も付きますし。むろん、キャッチアップにはすごく苦労していましたが。

長谷川: NRIもどんどん変わってきているんですね。

楠: それは、ハードウェアや基本ソフトの購入金額の変化にも如実に現れていますね。昔からハードウェアをたくさん購入していたメーカー系のウェイトが下がって、ソフトベンダーやクラウドベンダーからの調達が相当増えています。

長谷川: ひょっとして、楠さんに「偉くなる人ですから」と脅しをかけたメーカーが減ったわけですか(笑)

楠: まあ、時代の変化ということです。

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