「なぜそのメールが疑わしいと判断したのですか?」
志路が簡潔に答える。
「送信元は有名なイベント会社の名前を使っていたが、メールアドレスはその会社のものではなかった。さらに、本文中のリンク先は現時点では存在しない」
メイがさらに問う。
「わが社のメールのシステムって、不審なリンクについてはいったんシステムで確認し、安全が確認されてから利用者に届く仕組みではないのですか?」
見極が話に割って入る。
「敵を甘く見るな。セキュリティ機器を設置したから安全だと思ったら大間違いだ。敵も一般的に購入できるセキュリティ機器は購入できるし、日夜それをすり抜ける研究も行っている。発売から何年かしたら、その機器は研究され尽くして役に立たなくなるんだ。
今回のケースについては類似事例を調査した。メイも知っている通り、わが社のメールシステムは本文中に含まれるリンク先を事前に検証し、悪意のあるサイトと判明した場合、メールを破棄して利用者に届けない仕組みになっている。
しかし、今回のメールは送信時にはリンク先を無害なサイトにしておくことで、この仕組みをくぐり抜ける。夜、無害な状態でメールを送信しておいて、朝方皆が出社してメールを開く前あたりの時間になってから、リンク先のサイトにウイルスを仕込む。これで仕掛けは完成だ。しかも、あとで何が送り込まれたのかを調査しようにもできないように、リンク先のサイトはすでに削除されている。現在、このメールを受信した利用者やリンク先を開いた端末も継続して調査中だ」
メイは感心して聞いている。
「分かりました。それでは見極さん、志路さん、引き続き調査をお願いします。30分後にまた集まってください。何か重要な発見がありましたら、遠慮なく連絡してください」
メイの指示で、それぞれのメンバーが再び調査に向かった。
メイは解散後、社屋1階のコンビニに寄った足でSOCに顔を出した。薄暗い部屋の中に深淵がいた。
「大武、お疲れさま。よく短時間であそこまで調査できるわね」
大武がいつものように端末から顔を上げずに言う。
「当然だ。それが仕事だ」
メイはコンビニから買ってきた大量のチョコレートを大武のキーボードの横に置いた。
「何のまねだ?」
「あら、大武がいつも言ってるじゃない、『糖分が足りない』って。頭を使う仕事は糖分を使うんでしょ。夜も遅くなってきたし、差し入れ」
「コーヒーはないのか」
「あるわよ。はい」
大武はチョコレートの袋を破ってパリパリと食べだした。
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