メイが聞く。
「秘密分散技術って何?」
道筋が答える。
「秘密分散技術とは、1件のファイルを複数に分割し、複数のサーバに分散させる技術です。一つ一つのファイルも暗号化されていますし、仮に1台のサーバからデータを窃取しても、残りのサーバのデータがない限り、データとしての意味を成しません。今回、侵入されたサーバは1台ですので、そのデータを盗まれても実害はありません」
小堀が問う。
「それでは、今回のケースは『意味のないデータが窃取された』ということで、情報漏えいには該当しない、と考えていいのか?」
道筋が答える。
「その通りです」
小堀は危機管理室に走った。
つたえ、メイ、小堀が話をしている。窓からは朝の光が差し込んでいる。
小堀がほっとした様子で言う。
「とにかく、最後の一線でぎりぎりだったな。秘密分散技術をもってしても、複数のサーバからファイルを窃取されたら危なかった。ところで、営業担当役員はなぜ狙われたのだろう」
メイが答える。
「見極さんの推測ですが、担当役員は、普段から人脈作りのためにSNSで自分の本名や役職、仕事内容を公開していたそうです。ある程度、内容は伏せて書いてはいましたが、自分が参加したイベントや興味のある本、個人の趣味や関心ごとなど、プロファイルに該当するような内容も書いていました。
SNSに参加している人が全て善人とは限りません。どこに悪意のある人が隠れているか分かりませんから。今回は、そのような悪意を持った誰かが、役員を標的にして個人的な趣味や関心ごとを分析し、必ず開くような内容のメールを作って仕留めたのだと思う、と見極さんは言っていました」
小堀がうなずく。
「恐ろしい世界だな」
続けてメイが言う。
「見極さんの見解ですと、この件はターゲットが技術情報だけに、国が関与しているかもしれないそうです。攻撃パターンや攻撃ツールを分析すれば、どこの国やグループでよく使われているものか判定できるインテリジェンスがあるようなので、識目(しきめ)さんに侵害された端末を精密検査してもらっているようです」
小堀が感心する。
「国か。いち私企業が国からの攻撃に対して防衛する、というのは難しいな。今回は防衛装置もことごとく無効化されているし、SNSの使い方も含めて反省すべき点がたくさんある。再発防止策の検討も頼む。しかし、道筋君はよくあそこまで考慮していたな」
つたえが言う。
「道筋さん、『内部に侵入されるだけでなく、窃取されるのを前提で考えなくっちゃ。当然でしょ』と、しれっと言っていましたよ」
メイは素直に感心した。
志路と虎舞と栄喜陽は野球観戦に来ている。志路と虎は法被を着ている。潤はかりゆし姿だ。
「この前はお楽しみに水を差して悪かったな。今日は大丈夫だろう。そして、絶対勝つぞー」
志路は虎と潤に大声でわびている。
既に試合は7回に入り、最小の得点差だが虎舞の応援する球団がリードしている。
3人はうさを晴らすように応援歌を大声で歌っていた。
【第8話 完 第9話に続く】
イラスト:にしかわたく
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